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HP-1524巻11:213注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

敷根頼元

異名・検索語:敷根頼元/敷根藤左衛門尉頼元/三郎五郎/敷根頼兼/島津義弘/惟新公/島津久保/肥前名護屋/朝鮮出兵/泗川/南海/溺死/慶長三年/宗徹透林

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:召船となった船の規模を示す語句。

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本文内容説明

敷根藤左衛門尉頼元(三郎五郎)は頼兼の嫡子で、永禄九年生。文禄元年の朝鮮渡海時、義弘・久保が肥前名護屋で召船を待つなか頼元の船が到着し、久保の召船となった。この功で新恩地二十石の感状を受け、朝鮮で七年間軍労した。天正十五年には上洛に供奉。慶長三年十一月七日、泗川から南海へ向かう海上で逆風に遭い、船が覆って溺死、三十三歳。感状も流失した。法名宗徹透林。

系譜・人物関係

父は敷根備中守頼兼。後掲の敷根立頼を婿養子とした。

奉公・役職

島津義弘・久保に従って朝鮮へ渡海し、七年間軍労。天正十五年の上洛にも供奉。

軍役・事績

名護屋で久保の召船を用立て、新恩地二十石の感状を受けた。泗川から南海への航海中に溺死。

生没・法名等

永禄九年生。慶長三年十一月七日、海上で溺死、三十三歳。法名宗徹透林。

統合人物ID
HP-1524
原人物ID群
11-213-09
氏・分類
敷根
掲載巻頁
巻11:213
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
父は敷根備中守頼兼。後掲の敷根立頼を婿養子とした。
検索キーワード
敷根頼元/敷根藤左衛門尉頼元/三郎五郎/敷根頼兼/島津義弘/惟新公/島津久保/肥前名護屋/朝鮮出兵/泗川/南海/溺死/慶長三年/宗徹透林
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
冊子213頁の敷根藤左衛門尉頼元の丸印項目から海難死・法名まで全1頁。義弘・久保は主君、次の立頼は婿養子だが独立項目。
判読保留
召船となった船の規模を示す語句。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』