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HP-0263巻9:172注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

肝付兼篤

異名・検索語:肝付兼篤/肝付越前守兼篤/越前守/小五郎/兼篤/兼仍/肝付兼盛/肝付兼寛/龍伯公/庄内陣/琉球征伐/今帰仁城/島津家久/慶長十四年/傑心大英

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:母の父名、渡海記載がないとされる史料名の字形を保留。帰国日異説を保持。軍役は八十四人。

DESCRIPTION

本文内容説明

越前守、小五郎、兼仍とも称す。兼盛の二男で兼寛の後嗣となり、永禄五年に生まれた。慶長四年、兼盛の忠功を理由に龍伯公から家督を命じられたが、家事の不始末で河辺の知行八百石余を召し上げられたと記す。同年の庄内陣に従軍。慶長十四年、軍役八十四人を率いて琉球へ出兵し、徳之島を経て今帰仁城へ進み、国王降参後に帰国した。同年六月二十九日没、四十八歳、法名傑心大英。本文は『西藩野史』との帰国日の異同や、『鹿児島教教録』と読める史料に渡海の記載がないことも注記する。

系譜・人物関係

父は肝付兼盛。肝付兼寛の後嗣。子に兼武。

奉公・役職

兼寛の後嗣、慶長4年に家督を命じられる。家事の不始末により河辺の知行800石余を没収。

軍役・事績

庄内陣に従軍。慶長14年、軍役84人で琉球へ出兵。徳之島・今帰仁城。

生没・法名等

永禄五年生。慶長十四年六月二十九日没、四十八歳。法名傑心大英。

統合人物ID
HP-0263
原人物ID群
09-171-07-02
氏・分類
肝付
掲載巻頁
巻9:172
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
父は肝付兼盛。肝付兼寛の後嗣。子に兼武。
検索キーワード
肝付兼篤/肝付越前守兼篤/越前守/小五郎/兼篤/兼仍/肝付兼盛/肝付兼寛/龍伯公/庄内陣/琉球征伐/今帰仁城/島津家久/慶長十四年/傑心大英/軍役八十四人/徳之島
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID・頁数対応を確認。疑義を明記して記載箇所へ案内できるため公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
旧AIで欠けた○肝付越前守兼篤の見出し・系譜を含め、末尾の尻上まで復元。修復AI全1頁再読。通常PDF新規保存。
判読保留
母の父名、渡海記載がないとされる史料名の字形を保留。帰国日異説を保持。軍役は八十四人。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』