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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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35 件 (全巻)/ 1–35件を表示

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前編2-No.1750文書確認度 高

伊地知重貞書状

伊地知重貞が本田氏に、加治木方面の軍事で援助を受けて勝利したことを謝し、今後も変わらぬ協力と関係維持を求めた書状。

登場人物
伊地知重貞、本田氏
宛先
本田殿御宿所
キーワード
伊地知重貞、本田氏、加治木、軍事、勝利、援助、関係維持、書状、明応五年
前編2-No.1752文書確認度 高

伊地知重貞書状

伊地知重貞が本田氏に、留主氏の所領没収に伴う加治木郷法楽寺田・修理田の処置を伝え、今後も協力して領掌するよう求めた書状。

登場人物
伊地知重貞、本田氏、留主氏
宛先
本田殿御宿所
キーワード
伊地知重貞、本田氏、留主氏、加治木郷、法楽寺田、修理田、所領没収、書状
前編2-No.1835文書確認度 高

伊地知重貞等連署状

伊地知重貞ら三名が調所恒房に、祝儀時の庄内からの人足や前年の南方への動員をねぎらい、来月初三日の使者派遣などを申し合わせた連署状。

登場人物
伊地知重貞、桑波田景元、本田兼親、調所恒房
宛先
調所殿御宿所
キーワード
伊地知重貞、桑波田景元、本田兼親、調所恒房、連署状、庄内、人足、南方、正月廿七日
後編1-No.1346文書確認度 中

重貞書状

重貞が衣鉢侍者へ、主君の意向により村田右衛門入道が出頭したことを喜び、扶持については少分ではかえって不相応なので、関所が整い次第二十町ほどを宛行う考えであると内意を伝え、機会をみて披露するよう求めた書状。

登場人物
重貞、村田右衛門入道、島津義久
宛先
進上衣鉢侍者
キーワード
重貞書状、村田右衛門入道、衣鉢侍者、出頭、扶持、二十町、関所、披露
後編3-No.1527文書確認度 高

三原重貞外五名連署起請文

三原重貞ら六名が、市来八左衛門尉に対し、命じられた弓稽古に関する事項を他言せず秘密を守ると誓った連署起請文。虚偽の場合の神罰条項を付す。

登場人物
三原重貞ほか五名
宛先
市来八左衛門尉
キーワード
三原重貞、外五名、市来八左衛門尉、弓稽古、軍事機密、他言禁止、神罰、連署起請文
後編4-No.1200文書確認度 高

諏訪兼安・三原重貞連署起請文

振舞方の見回り役を入念に勤め、どのような計策も隠さず報告し、自分たちに不届きがあれば処罰を受けることを神々に誓う、諏訪兼安・三原重貞連署起請文。

登場人物
諏訪兼安、三原重貞、島津陸奥守
宛先
島津陸奥守
キーワード
連署起請文、諏訪兼安、三原重貞、島津陸奥守、振舞方、見回り、報告、神罰、慶長十九年十一月吉日
附録1-No.303文書確認度 中

伊地知重貞・本田兼親連署書

伊地知重貞・本田兼親が新納家中に、若殿から初めて書状を受けたことを祝い、太刀一腰と馬一疋の進上に対する礼を述べた連署書状。年末で日数がないため、返礼の件を披露するよう依頼する。

登場人物
伊地知重貞、本田兼親、若殿、新納
宛先
新納殿人々御中
キーワード
伊地知重貞、本田兼親、若殿、新納、太刀一腰、馬一疋、進上、返礼、連署書状
前編2-No.1743文書確認度 高

島津家老臣連署坪付

島津家老臣の義阿・重貞・兼親が、伊集院清藤名内の田地坪付を萩野又二郎へ連署して示した文書。

登場人物
義阿、重貞、兼親、萩野又二郎
宛先
萩野又二郎殿
キーワード
島津家老臣、義阿、重貞、兼親、萩野又二郎、伊集院、清藤名、田地、坪付、連署
前編2-No.1751記事確認度 高

本田重親伝

島津氏久による留主氏所領の没収と、加治木郷の法楽寺田・修理田、関所に関する権利が伊地知重貞へ与えられた経緯を記す本田重親伝の記事。

登場人物
本田重親、伊地知重貞、留主氏、島津氏久
宛先
—
キーワード
本田重親伝、本田重親、伊地知重貞、留主氏、島津氏久、加治木郷、法楽寺田、修理田、関所、所領
前編2-No.1834記事確認度 高

調所恒房伝

永正九年の阿多城をめぐる動きのなかで、国老伊地知重貞・本田兼親・桑波田景元らと調所恒房が軍事・政務に対処した経緯を記す伝記記事。

登場人物
島津忠治、調所恒房、伊地知重貞、本田兼親、桑波田景元
宛先
—
キーワード
調所恒房、島津忠治、伊地知重貞、本田兼親、桑波田景元、阿多城、軍事、永正九年
前編2-No.2088記事確認度 高

殉国名藪

大永七年、加治木・野首原・帖佐などの戦いで戦死した山野助次郎、湯田仁右衛門、上井筑前守方秋、伊地知左近将監重貞らの没日と戦場を記す。

登場人物
山野助次郎、湯田仁右衛門、上井筑前守方秋、伊地知左近将監重貞、村田五郎右衛門武秀
宛先
—
キーワード
殉国名藪、山野助次郎、湯田仁右衛門、上井方秋、伊地知重貞、加治木、野首原、帖佐、戦死
前編2-No.2178記事確認度 中

殉国名藪

享禄四年四月・六月の合戦で、入来院上総介、東郷重貞、寺尾重次らが戦死したことを記す。

登場人物
入来院上総介、東郷左馬助重貞、寺尾左兵衛重次
宛先
—
キーワード
殉国名藪、入来院氏、東郷重貞、寺尾重次、戦死、享禄四年
後編2-No.370系図確認度 高

伊集院氏系図

伊集院久春(千代・源助・肥前守、入道名元巣)を起点に、母を伊地知左近将監重貞の娘と記す伊集院氏系図。久春が島津義弘の代に家老職へ補任されたことを掲げ、伊集院氏の家格と家中での位置を示す。

登場人物
伊集院久春、伊集院氏、伊地知重貞、島津義弘
宛先
—
キーワード
伊集院氏系図、伊集院久春、伊地知重貞、島津義弘、肥前守、元巣、家老職、系譜
後編5-No.996文書確認度 高

庄内高城東霧島六所権現棟札

庄内高城の東霧島六所権現宝殿一宇を造立した棟札。大檀主を島津家久・光久とし、地頭三原次郎左衛門重貞、奉行伊集院備前守久望、坐主性秀法印、大工武元兵右衛門尉清方を記す。

登場人物
三原重貞・伊集院久望・性秀法印・武元清方
宛先
東霧島六所権現
キーワード
庄内高城、東霧島六所権現、棟札、宝殿、島津家久、島津光久、三原重貞、伊集院久望、性秀法印、武元清方、造立
前編2-No.1744文書確認度 高

島津家老臣連署坪付

入来院氏臣田中氏所蔵の、No.1743と同文のため本文を省略した島津家老臣連署坪付。独立番号の別伝本として収録される。

登場人物
義阿、重貞、兼親、萩野又二郎
宛先
萩野又二郎殿
キーワード
島津家老臣、義阿、重貞、兼親、萩野又二郎、連署坪付、同文、省略、別伝本
前編2-No.1778文書確認度 高

島津家老臣連署坪付

島津家老臣が、薩摩国河辺郡野崎名内木場の一ヶ所と水田・屋敷を坪付として示した連署文書。

登場人物
下田代、伊地知重貞、本田兼親
宛先
—
キーワード
島津家老臣、連署坪付、薩摩国、河辺郡、野崎名、木場、水田、屋敷、下田代、伊地知重貞、本田兼親
前編2-No.1837文書確認度 高

島津家老臣連署坪付

島津家老臣四名が連署し、薩摩国指宿郡、谷山郡和田名内、臥蛇島などの坪付・反畝を列記した文書。

登場人物
伊地知重貞、鳥取政茂、桑波田景元、本田兼親
宛先
—
キーワード
島津家老臣、連署坪付、伊地知重貞、鳥取政茂、桑波田景元、本田兼親、指宿郡、谷山郡、臥蛇島
前編2-No.1849記事確認度 高

調所恒房伝

永正十一年の所領・寄進をめぐる処置と、調所恒房や島津家老臣らの関与を記す伝記記事。

登場人物
調所恒房、島津忠治、本田兼親、伊地知重貞、桑波田景元、鳥取政茂
宛先
—
キーワード
調所恒房、島津忠治、本田兼親、伊地知重貞、桑波田景元、鳥取政茂、所領、寄進、永正十一年
前編2-No.1850文書確認度 高

島津家老臣連署寄進状

島津家老臣四名が連署し、大隅国曽於郡内の田地を守公神へ寄進して、坪付と面積を列記した寄進状。

登場人物
本田兼親、伊地知重貞、鳥取政茂、桑波田景元
宛先
—
キーワード
島津家老臣、連署寄進状、本田兼親、伊地知重貞、鳥取政茂、桑波田景元、大隅国、曽於郡、守公神、永正十一年
前編2-No.1886文書確認度 高

島津家老臣連署坪付

島津家老臣が連署し、大隅国吉田院内の坪付として田畠・屋敷の所在地と反別を列記した文書。

登場人物
本田兼親、伊地知重貞、桑波田景元
宛先
—
キーワード
島津家老臣、連署坪付、本田兼親、伊地知重貞、桑波田景元、大隅国、吉田院、永正十四年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:36系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

讃良重貞流系図

川越太郎重頼の三男重員を起点とし、重輔・重貞以下へ続く讃良氏の系図。重貞は修理亮を称し、河内国讃良郡を領したため讃良を号したと由緒を記す。貞與・重矩・重治、重純・重賢・重年、重寛・重朝・重高などの分流を示し、大膳亮・刑部太輔・土佐守・兵衛などの官途を添える。後半は重喬以下、貞盈・貞喬・貞能・貞敦・貞秀らを掲げ、貞秀について享禄年間の出生、母が和泉讃岐守女であること、島津貴久から宝刀を賜ったことを記す。末尾に貞行・貞資・貞勝・貞増、貞清・貞雄ら近世の子孫と善助・銀八・外記・七兵衛等の通称を載せる。

登場人物
川越重頼、重員、重輔、重貞、貞與、重矩、重治、重純、重賢、重年、重寛、重朝、重高、重喬、貞盈、貞喬、貞能、貞敦、貞秀、貞行、貞資、貞勝、貞増、貞清、貞雄、島津貴久、和泉讃岐守
宛先
—
キーワード
讃良重貞流系図、讃良氏、川越太郎重頼、重員、重貞、修理亮、河内国讃良郡、領知、讃良号、大膳亮、刑部太輔、土佐守、貞秀、享禄、和泉讃岐守女、島津貴久、宝刀拝領、貞行、貞資、貞勝、貞増、官途、通称
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P04-NIKAIDO-D0112請取状旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:本田兼親・伊地知重貞連署請取狀

將軍家の御判形七通を請け取ったと記す。 御當家の御判形五通をあわせ、合計を十二通とする。 受領の表現を「請取申候」とする。 明應八年八月六日付で、周防守重貞と因幡守兼親が花押を据える。

登場人物
周防守重貞、因幡守兼親
宛先
—
キーワード
將軍家、御當家、御判形、七通、五通、十二通、請取、明應八年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:56系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

高城氏系図

高城氏の系図。初代重貞は落合六郎を称して高城を号し、承久の乱に宇治川で戦死したと記す。二代重秀(太郎二郎)から、三代重郷(河内守)、四代重藤(太郎)、五代重雄(小太郎・下総守)、六代義重(六郎太郎)、七代重豊(越後守)、八代重令(越後守)へ続ける。後半は九代重継(小太郎・下総守)、実弟との注を伴う十代重珍(三河守)、十一代重頼(彦太郎・越後守)、十二代重政(又太郎・周防守)、十三代重前(弥六郎・長門守)、十四代重鐘(六郎・周防守)を掲げる。さらに重治(異本は武蔵守)―重説(六郎太郎・左京亮)の系線を示し、『書入諸家系図』では重治を脱して重説を重鐘の子とする旨を注記する。末尾に後代の重貞(喜太郎・主馬允)―重善(小平次〔ママ〕・喜右衛門)の系線を載せる。

登場人物
重貞(初代)、重秀、重郷、重藤、重雄、義重、重豊、重令、重継、重珍、重頼、重政、重前、重鐘、重治、重説、重貞(後代)、重善
宛先
—
キーワード
高城氏系図、重貞、落合六郎、高城号、承久の乱、宇治川、戦死、重秀、太郎二郎、重郷、河内守、重藤、重雄、小太郎、下総守、義重、六郎太郎、重豊、越後守、重令、重継、重珍、三河守、実弟、重頼、彦太郎、重政、又太郎、周防守、重前、弥六郎、長門守、重鐘、重治、武蔵守、重説、左京亮、書入諸家系図、系譜異説、重善、主馬允、小平次、喜右衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:72系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

祢寝元就流系図

祢寝式部大輔元就から祢寝駿河頼治へ続き、喜蔵重頼・覚内重昌、覚兵衛重好・平左衛門重貞・甚兵衛らの系線を示す。覚内重昌は吉利で死去し、覚兵衛重好は祢寝氏の称を避けて栗川口氏を名乗ったと記す一方、末尾の甚兵衛には祢寝氏へ復称したかとの考証注を付す。

登場人物
祢寝式部大輔元就、祢寝駿河頼治、喜蔵重頼、覚内重昌、覚兵衛重好、平左衛門重貞、甚兵衛
宛先
—
キーワード
祢寝元就流系図、祢寝式部大輔元就、祢寝駿河頼治、喜蔵重頼、覚内重昌、吉利死去、覚兵衛重好、祢寝氏、栗川口氏、改姓、平左衛門重貞、甚兵衛、復称、考証注
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:98書状・肝付関係連絡旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

延徳四年十一月十三日島津忠昌書状

延徳四年十一月十三日、島津忠昌が肝付をめぐる時儀について、前日に上原藤左衛門尉を遣わし、さらに伊地知周防守重貞を派遣したため、両人から詳細が伝えられるはずだと知らせた書状。当地の時宜を伝えるため相良方にも書状を送り、周防守が申し述べる趣旨に従って細部を伝えるよう求め、二度申し送ったので重言はしないと結ぶ。写本は伊地知越右衛門家蔵で、上原休兵衛家にあったものを、菱刈孫兵衛の文書らしいと聞き、休兵衛へ懇望して書写したとの伝来注記を伴う。『旧記雑録前編二』一七一三号文書と同一とされる。

登場人物
島津忠昌、上原藤左衛門尉、伊地知周防守重貞、相良方、上原休兵衛、菱刈孫兵衛、伊地知越右衛門
宛先
—
キーワード
延徳四年十一月十三日、島津忠昌、肝付、時儀、上原藤左衛門尉、伊地知周防守、伊地知重貞、派遣、相良方、遣状、当地の時宜、旨趣、細部、両度申候、上原休兵衛、菱刈孫兵衛、伊地知越右衛門家蔵、懇望、書写、花押、旧記雑録前編二、一七一三号文書
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:7系図・伊地知家庶流分派一覧旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知家庶流

伊地知家の祖系から分かれた庶流十五系統を、分岐した代数・男子の出生順・祖の名や官途ごとに列挙する一覧。季随六男裳輪将野介流、季弘の二男左馬介・三男重貞・四男重春の各流、季豊三男重之流、持季流、小牟田小三郎流、重持二男左馬介流、重豊二男河内守流などを挙げ、後裔の伊地知姓称用、木工右衛門・刑部左衛門・淡路守・伊白らの通称、高岡士・飯野士などの居住・身分を付記する。重持二男流では重貞が家老職に補され後に誅され、嫡子重兼も同日に誅されたこと、弟越後守重房の系統が伊地知越右衛門へ続くことも示す。

登場人物
季随、裳輪将野介、重村、重房、重長、季弘、重貞、重勝、重年、重春、重之、持季、小牟田小三郎、重元、重持、重兼、重房(越後守)、重豊、淡路守、伊白、重弘、重周、重成、重武、重屋
宛先
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キーワード
伊地知家庶流、庶流十五系統、季随、裳輪将野介、季弘、重貞、重春、季豊、重之、持季、小牟田小三郎、重持、重兼、越後守重房、重豊、河内守、淡路守、伊白、重弘、重周、重武、高岡士、飯野士、家老職、伏誅、伊地知姓、分家一覧
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:5-1系図・秩父氏後裔/島津家臣重氏系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平姓秩父氏系図

前掲『平姓秩父氏略系図』の後裔を、重常・重時・重貞以下、重を通字とする薩摩藩士家へつなぐ詳細系図。応永十九年、島津久豊が大隅郡内の城々を攻略した後、田上城・牛根城・神川城・高城などを一族に与えた由緒から始め、各代の官途・地頭職・家督、婚姻・養子・分家、出生・死没・法号を記す。鹿屋・敷根・高城・志布志などの合戦、朝鮮出兵での戦死、島津忠昌・勝久・貴久・義弘らへの奉公、七島地頭三百石、富隈への移住、太刀・馬代の献上などを具体的に載せ、重行・将興・将種ら元禄年間の世代まで続く。冒頭には本田氏との縁組を禁じた家法の由来、途中には家伝文書焼失や寺院建立・菩提寺、支流ごとの居所と役職も書き込み、戦国期の地域軍事と近世家臣団編成を一家の系譜から追える。

登場人物
島津久豊、重常、重時、重貞、重持、重勝、重範、重矩、重秀、重国、重親、重宗、重久、重倫、重豊、重頼、重治、重房、重兼、重弘、重周、重興、重記、重教、重次、重屋、重昌、重順、重直、信季、重行、将興、将種、島津忠昌、島津勝久、島津貴久、島津義弘、伊地知氏、本田氏、入来院氏
宛先
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キーワード
平姓秩父氏系図、秩父氏後裔、島津家臣、重氏、応永十九年、島津久豊、大隅郡、田上城、牛根城、神川城、高城、家法、本田氏縁組禁制、地頭職、家督、婚姻、養子、分家、鹿屋合戦、敷根合戦、志布志合戦、朝鮮出兵、島津忠昌、島津勝久、島津貴久、島津義弘、七島地頭、三百石、富隈移住、太刀・馬代献上、家伝文書焼失、寺院建立、菩提寺、元禄十二年
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P04-NIKAIDO-D0075番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:莫祢円也軍忠状案

薩摩国莫祢次郎太郎入道円也が、兼重以下を討つ将軍家御教書を受け、肝付郡加瀬田城・野崎村へ赴いた軍忠を注進する。 五月六日から六月十日まで合戦し、野崎では先駆として敵二騎を射落とし一騎を切り落としたと記す。 円也の「先懸」と子息重貞の負傷を述べ、重貞が左手を射られたことと、資久・忠国の見知を記す。 五月廿五日の加瀬田城水手での安三郎の負傷、同廿六日の権三郎右肩負傷も挙げ、軍忠・負傷の次第を注進する。

登場人物
兼重、子息孫太郎重貞(原表記・比定未確認)、嶋津六郎資久(原表記・比定未確認)、大隅助三郎忠國(原表記・比定未確認)、安三郎、権三郎、嶋津大隅左京進入道道惠(原表記・比定未確認)、紀伊權守行久(原表記・比定未確認)
宛先
—
キーワード
軍忠、注進
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID TMP-P04-NIKAIDO-A068無番号家譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:忠昌公請取状導入

忠昌公に関する文書の請取状を紹介する。 御家老伊地知周防守重貞と本田因幡守兼親が連判した一通とする。 その正文を家に蔵し、以下に記すと述べる。

登場人物
忠昌公、伊地知周防守重貞、本田因幡守兼親
宛先
—
キーワード
連判、請取状、正文
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w1:14-1系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

東鑑

二階堂維遠流のうち、行光から行次までを『吾妻鏡』の記事と家蔵文書の目録を交えてたどる長編系図。行光の将軍御成・鶴岡八幡宮供奉・上洛使節、元行の和田義盛の乱での戦功と相模国懐島殿原郷・三河国重原荘の地頭職、行氏・行景の所領相続と幕府下文を記す。泰行については蒙古襲来への警固命令を受け、忍照尼の判断と久明親王の許可により薩摩国阿多北方へ下向した経緯を掲げる。行雄・行仲は建武・観応期に足利尊氏方として軍功を挙げ、尊氏・直義・直冬らの御下文・感状を伝えたとする。後半は行貞の田布施城籠城と島津元久への降伏、市来・阿多への移住、行隆の田布施城奪回未遂、忠行の足利義政供奉、行次代の島津立久・忠昌関係文書までを収める。

登場人物
二階堂行光、二階堂行村、源実朝、二階堂元行、和田義盛、九条頼経、北条義時、二階堂行義、二階堂行有、二階堂行藤、二階堂行久、二階堂行氏、北条泰時、藤原頼嗣、二階堂行景、宗尊親王、北条時宗、北条政村、二階堂泰行、忍照尼、久明親王、北条貞時、北条宣時、二階堂行雄、守邦親王、北条高時、北条英時、足利尊氏、足利直義、足利直冬、島津貞久、二階堂行仲、島津師久、島津元久、伊作久義、二階堂行貞、島津伊久、二階堂行隆、二階堂忠行、足利義政、二階堂行次、島津立久、島津忠昌、伊地知重貞、本田兼親
宛先
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キーワード
二階堂維遠流、吾妻鏡、二階堂行光、二階堂元行、和田義盛の乱、評定衆、地頭職、家蔵文書、蒙古襲来、忍照尼、二階堂泰行、阿多北方下向、建武・観応、足利尊氏、足利直義、足利直冬、田布施城、島津元久、二階堂行貞、二階堂行隆
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:114系図・家伝/軍功・奉行・地頭歴旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

三原藤次流系図

上祖不詳で直重の裔族とする三原藤次流の系図。三原藤次は日新公に仕え、天文七年、日新公と島津実久の抗争時に加世田城で戦死し、その後の伊豆守は貴久公の納殿役を務めた。重長は貴久公の御荷内役・御納戸奉行を経て本府へ移り、牛根地頭職と三百石を与えられ、天正七年に家久が佐土原へ移封されると家久の家臣・家老となった。重長の二子は一人が山田城で、藤七が慶長五年に豊久へ従って関ヶ原で戦死したため、垂水の川崎内膳良光の嫡子・重正を後嗣に迎えた。重吉は山奉行となり万治二年に二百九石を知行し、般若院行者堂造営では普請奉行を務め、重時は御納戸奉行・物奉行、重矩(後の経明)は高奉行・御普請奉行寄役・小番を歴任した。後代は重共・経儔・経福・経豊・経載へ続き、児玉家への養子、長崎・入江・児玉各家との婚姻、出生・初見・分家時の四十八石などを記す。

登場人物
三原藤次、島津日新公、島津実久、島津貴久、三原伊豆守、重長、島津家久、重吉、九兵衛、藤七、島津豊久、重正、川崎内膳良光、重時、重貞、重明、重矩(経明)、重共、経儔、経福、経豊、経載、有富公、町田郷九郎久張、児玉四郎兵衛利常、島津中務久運、鎌田源左衛門政昌
宛先
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キーワード
三原藤次流系図、上祖不詳、直重裔族、日新公、島津実久、天文七年、加世田城、戦死、島津貴久、納殿役、重長、御荷内役、御納戸奉行、牛根地頭、三百石、天正七年、佐土原、島津家久、家老、山田城、島津豊久、慶長五年、関ヶ原、重正、川崎氏、垂水、山奉行、二百九石、般若院行者堂、普請奉行、物奉行、高奉行、御普請奉行寄役、小番、四十八石、養子、婚姻
前編1-No.1898記事確認度 高

川上頼久伝

川上頼久が本田資兼・莫禰重貞・貞国・宮里彦七・東条七郎らと進戦し、二月十二日の資兼進撃、十六日の東条合戦、三月二日の負傷などの軍功を重ねたことを記す川上頼久伝。

登場人物
川上頼久・本田資兼・高師泰ほか
宛先
越前国金崎城・播磨国ほか
キーワード
川上頼久伝、川上頼久、本田資兼、莫禰重貞、東条合戦、進戦、負傷、軍功
前編1-No.275記事確認度 高

若狭島津忠季譜

『若狭島津忠季譜』の記事。承久三年の兵乱で忠季入道が関東方に属し、宇治川の戦いで戦死したことを記す。佐多太郎久秀や高城六郎重貞ら同族の戦死にも触れる。

登場人物
島津忠季
宛先
京都・宇治川
キーワード
若狭島津忠季譜、島津忠季、承久の乱、関東方、宇治川、戦死
前編1-No.277記事確認度 高

殉国名薮

『殉国名薮』の記事。承久三年六月十四日の宇治川合戦で、市来左衛門尉忠康が北条泰時に従って戦死したことを述べ、若狭兵衛尉忠季・佐多太郎久秀・高城六郎重貞ら同族の戦死者を列挙する。

登場人物
島津忠季・北条泰時
宛先
宇治川
キーワード
殉国名薮、宇治川合戦、市来忠康、北条泰時、島津忠季、戦死者
附録2-No.1411記事確認度 高

平山氏系図抄(二)

平山久清流の系図。三原重貞の子久清の養子相続、島津光久の命で岩城氏二男久行が忠昭の弟となったこと、光久庶子久祐の養子入りと離家、喜入氏出身季春・忠知以下の生没年・婚姻を記す。

登場人物
平山久清、平山久行、島津光久、平山久祐、平山季春、平山忠知
宛先
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キーワード
平山氏、平山久清、平山久行、島津光久、平山久祐、平山季春、平山忠知、三原氏、岩城氏、喜入氏、養子、系図