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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

11 件 (全巻)/ 1–11件を表示

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附録1-No.321文書確認度 高

川上忠智書状

川上忠智が神力坊に、相良家との干戈によって交通が不自由な状況を述べ、二度派遣された使僧への謝意を伝えた書状。仲陽以前に清坊中平から申し上げた件は上聴に達したが、国内が戦闘の最中で海陸とも不自由なため実現困難としている。

登場人物
川上忠智、神力坊、相良家、仲陽、清坊中平
宛先
神力坊御同宿中
キーワード
川上忠智、神力坊、相良家、干戈、使僧、仲陽、清坊中平、海陸不自由、上聴
後編1-No.291文書確認度 高

島津義久書状案

義久が以前思いがけず腹巻一領を贈られたことへの礼が、遠隔地のため遅れたと詫びた書状案。好便に託して馬一疋を贈り、残りの口上は神力坊が伝えるとする。

登場人物
島津義久、戸次氏、神力坊
宛先
戸次氏当主
キーワード
島津義久書状案、永禄七年、戸次氏、腹巻、贈答、馬一疋、神力坊、謝礼
後編1-No.292文書確認度 高

古市宗檜書状

古市宗檜が島津方に長く滞在して受けた厚遇へ謝意を述べ、四月十七日に薩摩へ帰着して相手方の調略と懇意を報告した書状。真幸境で伊東氏が近年押領した地域を別紙に記し、遠方の飫肥境については後報するとして、神力坊を使者に立てる。

登場人物
古市宗檜、島津義久、伊東義祐、神力坊
宛先
桜井入道殿
キーワード
古市宗檜書状、永禄七年、桜井入道、島津義久、伊東義祐、薩摩帰着、真幸境、押領、飫肥境、神力坊、別紙
後編1-No.293文書確認度 高

真幸院伊東方押領地書付

薩摩・大隅・日向の境目について、伊東方が近年押領した真幸院内の地として三野山郡、三之山内の高崎・高原・野尻を列挙した書付。飫肥境の押領地は遠方のため後に報告するとし、宗檜が神力坊を使者として進上したNo.292の別紙に当たる。

登場人物
古市宗檜、伊東氏、神力坊
宛先
桜井入道殿
キーワード
真幸院伊東方押領地書付、永禄七年、古市宗檜、桜井入道、神力坊、薩摩大隅日向境目、真幸院、三野山郡、高崎、高原、野尻、伊東氏
後編1-No.294文書確認度 高

戸次紹花書状

戸次紹花が、島津貴久からの馬一疋と義久からの沈香を贈られたことへの感謝を述べた書状。詳細な謝意は神力坊が下向した際に申し上げるとして、披露を求める。

登場人物
戸次紹花、島津貴久、島津義久、神力坊
宛先
本田山城守
キーワード
戸次紹花書状、永禄七年、島津貴久、島津義久、本田山城守、馬、沈香、神力坊、贈答
後編1-No.369文書確認度 高

島津義久書状案(No.291同文)

No.291と同文のため本文を省略する島津義久書状案。思いがけず腹巻一領を贈られたことへの礼が遠隔地のため遅れたと詫び、好便に託して馬一疋を贈り、残りの口上は神力坊が伝えるとする。

登場人物
島津義久、戸次氏、神力坊
宛先
戸次氏当主
キーワード
島津義久書状案、永禄七年、戸次氏、腹巻、贈答、馬一疋、神力坊、謝礼、No.291同文
後編1-No.370文書確認度 高

戸次紹花書状(No.294同文)

本文ではNo.294と同文のため省略される書状。戸次紹花が島津貴久からの馬一疋と義久からの沈香を贈られたことへの感謝を述べ、詳しい謝意は神力坊の下向時に伝えるとして披露を求める。

登場人物
戸次紹花、島津貴久、島津義久、神力坊
宛先
本田山城守
キーワード
戸次紹花書状、五月十一日、島津貴久、島津義久、本田山城守、馬、沈香、神力坊、贈答、No.294同文
附録1-No.322文書確認度 高

新納忠元書状

新納忠元が神力坊らに、番所の人員不足を補うため二十人余を配置し、肝要の場所を堅固に守るよう命じた書状。勤務日数を閉じて報告すること、諸事の処置を怠らないことを求める。

登場人物
新納忠元(刑部太輔)、神力坊、中野四郎右衛門尉
宛先
神力御坊御同宿中・中野四郎右衛門尉殿御宿所
キーワード
新納忠元、刑部太輔、神力坊、中野四郎右衛門尉、番所、人員不足、配置、警固、勤務日数
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0108書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元書状

忠元が神力坊と中野四郎左門尉に、番勤務中の懇志を謝し、翌日に約束どおり無足衆二十人余を籠めるよう依頼する。五日分の差飯については相手の判断に任せるとし、諸事の先例や勤務の事情を番の日数の間に直接相談したいと伝える。

登場人物
新納刑部太輔忠元、神力坊、中野四郎左門尉
宛先
—
キーワード
新納忠元書状、番勤務、無足衆廿人余の差籠、五日分の差飯、先例の確認、肝要の相談
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0109書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

川上忠智書状

忠智が神力坊に、相良方との長い対陣の時期に専ら働くことを謝し、使僧から伝えられた祝いを承知したと述べる。清坊が伝えた忠平の意向を踏まえ、兵糧を手配するための返事を依頼する。海陸とも不自由なので詳細は使僧の口上に委ね、諸事の進行を止めないよう求める。

登場人物
河上左京亮忠智、神力坊、清坊、忠平
宛先
—
キーワード
川上忠智書状、相良との対陣、長期の働き、兵糧の手配、使僧、口上、海陸の不自由、返事の依頼
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:62系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大前氏東郷斧渕氏系図

薩摩国在国司・大前氏東郷斧渕氏の系図。敏達天皇の後胤・橘諸兄の苗裔とし、道胤は幼名菊王丸、東郷弾正少弼・左衛門尉、西前寺殿、法名慈寛を称し、東郷城に居住、建久九年に上洛して内裏大番を勤めた。道武は菊寿丸・兵衛尉・武蔵守、西前寺殿、慈光で、妻を山門院郡司秀忠の女とする。道義は平太郎・蔵人・弾正少弼・摂津守、斧渕を号し、西前寺殿・慈道。正平六年十二月二十三日に渋谷九郎重興が軍勢を催して戦った記事を伴う。道長は平次郎・弾正少弼・相模守、西前寺殿・慈法で、道張(山田)から道久・道宗(荒川)へ分かれる。道将は平六郎・弾正少弼・相模守、西前寺殿・慈徳で、道重へ続く。後半は道盛、道真(今村兵部太夫)と道時・道実(藤川)の系、道信、良道を掲げる。道信は大泉坊・不動院として平佐城・樋脇天神坊に住み三十五町を領し、法名仙香、八十二歳で没した。良道は源五郎・神力坊・不動院で入来院重時の家臣となり、子孫を入来院家臣・斧渕仁兵衛とする。

登場人物
敏達天皇、橘諸兄、道胤、道武、山門院郡司秀忠、道義、渋谷九郎重興、道長、道張、道久、道宗、道将、道重、道盛、道真、道時、道実、道信、良道、入来院重時、斧渕仁兵衛
宛先
—
キーワード
大前氏東郷斧渕氏系図、薩摩国在国司、敏達天皇、橘諸兄、道胤、菊王丸、東郷弾正少弼、左衛門尉、西前寺殿、慈寛、東郷城、建久九年、上洛、内裏大番、道武、菊寿丸、兵衛尉、武蔵守、慈光、山門院郡司秀忠女、道義、平太郎、蔵人、摂津守、斧渕号、慈道、正平六年十二月二十三日、渋谷九郎重興、軍勢、道長、平次郎、相模守、慈法、道張、山田、道久、道宗、荒川、道将、平六郎、慈徳、道重、道盛、道真、今村兵部太夫、道時、道実、藤川、道信、大泉坊、不動院、平佐城、樋脇天神坊、三十五町、仙香、八十二歳、良道、源五郎、神力坊、入来院重時、斧渕仁兵衛