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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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追録7-No.373達書旧記雑録暫定版確認度 高

寺社奉行所達書(目録373・原印刷373)

中将の思召しによって御附御側役から加治木長年寺の正覺院様御霊前へ進納された銀100枚を備えるよう、寺社奉行所が長年寺へ達する書。寺は現状では維持が難しいと聞いたため、祠堂銀の趣意で納め置き、今後は余勢で取り続け、仏餉・勤行等を滞りなく執行するよう命じる。次頁に、右の通り久馬から鎌田源左衛門取次で命じられたので堅固に守り、後年住替えの際も厳重に引き継ぐよう指示する末尾を伴う。寛政8年辰4月9日、寺社奉行所印、長年寺宛。前371と同じ進納趣旨を伝えるが、寺宛達書として署印・日付・後年引継ぎを分けて記録する。

登場人物
寺社奉行所、久馬、鎌田源左衛門、中将様、御附御側役、正覺院様
宛先
長年寺
キーワード
寺社奉行所印、長年寺宛、四月九日、銀百枚、正覺院、祠堂銀、仏餉勤行、久馬、鎌田取次、堅固遵守、後年住替厳重引継
追録8-No.676-3会計事務局の二万両十箱受取證と上納・交付の首尾注旧記雑録暫定版確認度 中

二万両十箱の受領を証し、永山の上納と受取證交付を内田が翌日報告する

金二万両、箱数十箱を納められ確かに受け取ったとする證で、慶応四年辰二月二十二日の会計事務局役所印の文字表示を伴い、薩摩少将家来永山左内宛とする。続く首尾注は、二十二日に二条城の太政官代会計掛鴨脚加賀へ面会・演説して差し出すと会計裁判役所で受け取るとされ、そこへ持ち越して木村東市祐の立会いで受領され、證書を渡されたと記す。この用務を留守居付役勤永山左内が勤めた旨を、翌二十三日に内田仲之助が伊勢殿へ首尾書で知らせたという。

登場人物
会計事務局役所、薩摩少将家来永山左内、太政官代会計掛非蔵人鴨脚加賀、会計裁判役所、木村東市祐、内田仲之助、伊勢殿
宛先
受取證:薩摩少将家来永山左内。翌日首尾:内田仲之助から伊勢殿
キーワード
原676の3證金二万両箱数十箱正請取慶応四辰二月廿二会計事務局役所印表示薩摩少将家来永山左内二条城太政官代会計掛鴨脚加賀面会演説会計裁判役所木村東市祐立会證書交付留守居附役勤翌廿三内田仲之助伊勢殿首尾
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:130-32文書・加増名寄帳抄/三十二石八斗旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

名寄帳抄

慶長六年十二月十四日、伊集院川上次郎左衛門尉へ与えた加増名寄帳の抄録。入野村竹脇門以下の数行を省略し、加増高の合計を三十二石八斗と記して御支配所印を据える。正本は家蔵で、十三代河上忠宅の記事の頭注として掲げられる。

登場人物
伊集院川上次郎左衛門尉、河上忠宅(十三代・頭注)
宛先
伊集院川上次郎左衛門尉殿
キーワード
名寄帳抄、加増名寄帳、慶長六年十二月十四日、伊集院川上次郎左衛門尉、入野村、竹脇門、外数行略、三十二石八斗、御支配所印、正本家蔵、十三代河上忠宅、頭注
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:130-33文書・名寄帳抄+系図/浮免返地・河上氏十四~十六代旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

名寄帳抄

慶長十一年正月十九日付の切紙名寄帳抄。〔日か〕州久津良村の浮免坪付を省略し、合計一石四斗四合を衆中屋敷として返地したと記し、高岡御支配所印を据える。付随系譜の十四代忠辰は天正十三年生まれで、島津光久から三河守の名を賜り、家久の出馬に十八歳で馬廻として供奉し、寛永三年に上京した。光久の御題「春の雪」・菊・清見関の梅に応じた和歌を載せ、江戸で奏者番、日州代官役、与頭役を務め、寛文元年十二月十七日に七十七歳で没したとする。十五代久堅は元和六年生まれで光久の扈従となり、笹右衛門の名を賜って援役・与頭役を務め、元禄二年十一月十九日に七十歳で没し、子女・養子・婚姻・法名を列記する。十六代家寛は慶安三年生まれで、元禄八年に曾祖父忠宅が改めた源姓川上を上野守久尚へ返進して大蔵姓を再び継承し、援役・与頭役を務め、享保十一年正月二十四日に七十七歳で没したと記す。

登場人物
河上忠辰(十四代・大熊丸・治兵衛・勘解由・三河守)、島津光久、和田筑前守義綱、河上久堅(十五代・熊千代丸・平次郎・笹右衛門尉)、河上家寛(十六代・朝久・熊千代丸・彦之丞・十左衛門・次郎左衛門)、本田九郎右衛門尉親豊、大田清右衛門、猿渡喜之助直信、中村主水佐、平田豊前守宗直、萬吉角之介久全、川上上野守久尚
宛先
—
キーワード
名寄帳抄、切紙、慶長十一年正月十九日、久津良村、浮免、坪付略、一石四斗四合、衆中屋敷、返地、高岡御支配所印、十四代忠辰、大熊丸、三河守、島津光久、和田筑前守義綱、馬廻供奉、寛永三年上京、春の雪、菊、清見関、和歌、奏者番、日州代官役、与頭役、十五代久堅、笹右衛門、援役、十六代家寛、元禄八年、源姓川上返進、大蔵姓再継承、川上上野守久尚、没年、法名、婚姻、養子
追録6-No.1983達書旧記雑録暫定版確認度 高

薩摩守帰国の人馬・川の支障を防ぐ指示を宿々へ急送させる

松平薩摩守の帰国に際し、宿駅の人馬や川で支障がないよう、道中筋の御料・私領の宿々から薩州まで申し送ることを命じる触書。薩摩守は既に出立しているため昼夜を限らず急送して途中で追い越すよう取り計らい、各宿の請書を求める。天明三年卯九月九日付、半左衛門役所印、品川宿の問屋・年寄の記載を伴う。

登場人物
松平薩摩守、勘定方、半左衛門役所、品川宿問屋・年寄
宛先
道中筋御料・私領の宿々
キーワード
幕府触書、薩摩守、帰国、宿駅、人馬、川、御料、私領、薩州、昼夜急送、追越、請書、品川宿、九月九日
追録7-No.2732申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

寺社奉行所申渡書(御臺供養料)

大信院一周忌法事に際し、御臺が供養料として江戸大奥で内々に下賜した白銀五十枚と伽羅一箱の扱いを福昌寺へ申し渡す文書。御臺の名代による焼香の際に伽羅を納め置き、時々の仕持から差し上げるよう命じ、後年の仕替えの際にも堅固に継承するよう求める。白銀五十枚は御祠堂銀と同様に取り扱うこととする。天保五年三月晦日、寺社奉行所印、福昌寺宛。太守参詣時の供養品、伽羅の保管・使用、白銀の基金的取扱いを分けて記録し、実際の支出額や運用益は本文にないため補わない。

登場人物
御臺、大信院(島津重豪)、太守、寺社奉行所
宛先
福昌寺
キーワード
寺社奉行所、福昌寺、御臺、大信院、島津重豪、一周忌法事、供養料、白銀五十枚、伽羅一箱、江戸大奥、名代焼香、御祠堂銀、天保五年三月晦日
追録7-No.2747申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

寺社奉行所申渡書(大信院三回忌供養銀)

重豪公御譜中に掲げ、正文は福昌寺にある「覚」。大信院の三回忌法事に際し、御台所の内々から福昌寺の廟所へ供養料として白銀五十枚が差し越されたことを寺社奉行所が伝える。御台所が廟所へ参拝したことを踏まえ、この銀五十枚は御詞堂と同様に扱い、後年に住職が交代する際にも確実に次へ引き渡すよう命じる。天保六年未九月三日、寺社奉行所印、福昌寺宛。冊子1009頁下段に出典と「覚」の見出しがあり、本文・日付・宛先は1010頁上段へ続く。

登場人物
御台所、島津重豪(大信院)、寺社奉行所、福昌寺
宛先
福昌寺
キーワード
寺社奉行所、福昌寺、島津重豪、大信院、御台所、三回忌、法事、廟所、供養料、白銀五十枚、住職交代、引継ぎ、天保六年九月三日
後編3-No.1137文書確認度 高

島津義弘(惟新)書状案

島津義弘(惟新)の書状案。本文はNo.1236と同文であるとして省略され、案文であるため御判がないとの注記がある。

登場人物
島津義弘(惟新)、新納忠雄
宛先
—
キーワード
島津義弘(惟新)書状案、No.1236同文、本文省略、案文、御判なし、新納忠雄
後編3-No.1620文書確認度 高

大工大夫注文

大工大夫が公文所へ提出した注文で、家中・御老中・諸国から下された馬・太刀・金銀・反物・食料・装身具などの品目と数量を列記する。贈答・下賜品の受納記録。

登場人物
大工大夫、公文所、新納忠雄(仲左衛門)
宛先
公文所
キーワード
大工大夫注文、慶長七年四月十七日、大工大夫、公文所、新納忠雄、仲左衛門、家中、御老中、下賜品、馬、太刀、金銀、反物、食料、贈答品目録
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 29軍役賦旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津氏軍役賦

東表出陣時の第四備として、又八郎殿の備に昇百本・鉄砲五十挺・弓二十張・鑓三十本、軍役乗馬二十騎などを割り当て、知行高に応じた人数を定める。加治木・曽於郡・蒲生・本城・栗野・吉田・馬越など付属諸所の乗馬・人数を加え、総人数を積算する。

登場人物
島津忠朗、上原久元、町田久時、市来久家、新納忠清、吉田貞昌、新納忠雄
宛先
四番・又八郎殿
キーワード
島津氏、第四備、軍役賦、加治木、蒲生、乗馬、人数