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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

14 件 (全巻)/ 1–14件を表示

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後編1-No.1073文書確認度 中

彦山衆徒連長書状

彦山政所坊連長が川上忠克へ、前年に島津義久が日向水田三町を寄進したことを深く謝し、神前で祈念していると伝える。祝儀として扇と厚板一端を進上し、披露を依頼した。確定版年月日は二月吉日だが、本文年紀は三月吉日と読める。

登場人物
彦山政所坊連長、川上忠克、島津義久
宛先
川上上野入道忠克
キーワード
彦山衆徒、連長書状、川上忠克、島津義久、水田三町、寄進、扇、厚板、年月日相違
附録1-No.1008文書確認度 高

川上忠克外二名連署書状

川上忠克・村田経定・伊集院忠金が琉球国三司官へ、新年の祝意を述べ、琉球の船が当地に着津したので船を加えて渡海させたこと、報礼の尊使と大守の勅書を拝受したことを伝え、綿九斤の贈答に謝意を表した連署書状。

登場人物
川上忠克、村田経定、伊集院忠金、琉球国三司官
宛先
琉球国三司官
キーワード
川上忠克、村田経定、伊集院忠金、琉球国三司官、琉球船、着津、渡海、勅書、綿九斤、四月三日
後編1-No.99文書確認度 高

興国寺領坪付

興国寺領として、大隅国帖佐郷山田村寺師名の田地一町二十歩を、土堂廻之門、こくてん、地敷、堀町、横枕、百田開など所在地・段別に列記し、川上忠克・伊集院忠倉・三原重秋が連署した坪付。

登場人物
川上忠克、伊集院忠倉、三原重秋、興国寺
宛先
興国寺
キーワード
興国寺領、坪付、大隅国、帖佐郷、山田村、寺師名、田地、一町二十歩、川上忠克、伊集院忠倉、三原重秋
後編1-No.101文書確認度 高

小城権現領坪付

大隅国帖佐郷益田門内、市ノ坪一段を小城権現領として新たに寄進した坪付。料所内の土地であるが当面ほかに閑所がないため先に寄進し、適地が得られ次第、別所へ繰り替える旨を川上忠克・伊集院忠倉・三原重秋が記す。

登場人物
川上忠克、伊集院忠倉、三原重秋、善衆院、小城権現
宛先
善衆院・小城権現
キーワード
小城権現領、善衆院、坪付、帖佐郷、益田門、市ノ坪、一段、料所、仮寄進、繰替、川上忠克、伊集院忠倉、三原重秋
附録2-No.1327記事確認度 高

川上氏系図抄(四)

川上兼久の三男を祖とする伊集院氏支流系図。久志木野三十町を賜り、久豊が串木野・河辺・市来地頭となったこと、忠興が忠克と謀って島津貴久に帰属し市来攻略に加わったこと、範久の石城戦死などを記す。

登場人物
川上兼久、川上久豊、川上忠興、島津貴久、島津忠克、川上範久
宛先
—
キーワード
川上氏、川上兼久、川上久豊、川上忠興、島津貴久、川上忠克、串木野、市来、伊集院氏、石城、地頭、戦死、系図
附録2-No.1329記事確認度 高

川上氏系図抄(六)

川上忠克が串木野領主から島津実久方に属した後、天文八年の市来攻防で勝敗を見極め、忠興と協議して串木野を島津貴久へ献じ、子忠頼を帰属させた経緯を詳述する。甑島配流後に赦免され家老へ復帰したことも記す。

登場人物
川上忠克、島津勝久、島津実久、島津貴久、川上忠興、川上忠頼
宛先
—
キーワード
川上氏、川上忠克、島津勝久、島津実久、島津貴久、川上忠興、川上忠頼、串木野、市来、本城、帰属、甑島、配流、家老、系図
前編2-No.2027記事確認度 高

樺山玄佐譜

島津忠良が出家して日新斎と号し、生別府で十四歳の千代鍋を元服させ、太郎(樺山玄佐)と称させた記事。太郎を島津貴久の弟の列に加え、樺山氏の後継として位置付ける。あわせて忠良の次女が伊作浦から市来湊を経て生別府へ移った経路を記し、一族の身分編成と移動を示す。

登場人物
島津忠良(日新斎)、千代鍋(太郎・樺山玄佐)、島津貴久、島津忠良の次女、川上上野介忠克
宛先
—
キーワード
樺山玄佐譜、島津忠良、千代鍋、島津貴久、元服、生別府、伊作浦、市来湊、大永六年
後編1-No.685文書確認度 高

大友氏老臣連署状

大友氏老臣四名が島津氏老臣へ、南郷へ渡した船が島津領内に繋留中、暴風で少し損傷した件について照会する。使節を送ったのに返答がなく不安であり、両家は代々親交を得てきたので小事から隔心を生じるのは望ましくないとし、宗麟の派遣船として廉直に扱い、速やかに判断するよう求める。

登場人物
田原親賢、臼杵鑑速、志賀親度、佐伯惟教、伊集院忠棟、川上忠克、喜入季久、村田経定、伊集院久春、平田昌宗
宛先
伊集院忠棟ほか島津氏老臣
キーワード
大友氏老臣連署状、天正元年、田原親賢、臼杵鑑速、志賀親度、佐伯惟教、伊集院忠棟、南郷、派遣船、暴風、損傷、返答要求、宗麟
後編1-No.797文書確認度 高

足利義昭御内書

足利義昭が帰洛について毛利氏へ申し入れて承諾を得たことを伝え、武田・北条・上杉以下の東西諸勢力を統一して出陣が迫っているとして、島津氏が忠功を尽くすよう老臣らに意見することを求める。詳細は昭光・昭秀が伝えるとする。

登場人物
足利義昭、毛利氏、武田氏、北条氏、上杉氏、真木島昭光、昭秀、島津氏老臣
宛先
伊集院忠棟、川上忠克、平田光宗、村田経定
キーワード
足利義昭御内書、毛利氏、帰洛、武田氏、北条氏、上杉氏、島津氏、伊集院忠棟、川上忠克、忠功要請、年次推定
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:43系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

菱刈氏略系図

菱刈氏嫡家十二代の家督重時から始まる略系図。重時を左兵衛佐、重衆を右兵衛佐とし、女子が肥州阿蘇惟永、島津出羽守忠明、相良伊勢守長皎へ嫁いだ婚姻関係を示す。重副は大和守で両院を知行し嫡家を継いだ。重政は次郎・伊勢守を称し、父重時の命で大口地頭職に補され大口に在城、法名を徳翁道盛居士とする。重根は兵庫頭で大口地頭職を相続し、法名天真道龍居士、天龍寺葬。重清は右衛門太夫で花北氏の猶子となり、肥州久木野で戦死した。重昌は四郎・越後守を称し、嫡家の大和守重猛が所知を島津義久へ献じて降った際に同じく旗下へ入り、曽木一所を賜ったのち花北へ替地され居住した。末尾は、この処遇について国老伊集院忠金・川上忠克(意釣)・三原重秋が新納忠元へ送った書簡を次文書として導く。

登場人物
重時、重衆、阿蘇惟永、重副、島津忠明、相良伊勢守長皎、重政、重根、重清、重昌、重猛、島津義久、伊集院忠金、川上忠克(意釣)、三原重秋、新納忠元
宛先
—
キーワード
菱刈氏略系図、嫡家十二代、重時、重衆、阿蘇惟永、島津忠明、相良長皎、重副、両院知行、重政、大口地頭、大口在城、徳翁道盛居士、重根、天真道龍居士、天龍寺、重清、花北氏猶子、肥州久木野戦死、重昌、重猛、島津義久、降参、曽木一所、花北替地、伊集院忠金、川上意釣、三原重秋、新納忠元
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:43-1書状・交名注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

三原重秋外二名連署書状・菱刈一族並他門交名注文

二つの文書と菱刈氏系譜記事を現行一件に収める。第一は十二月二十日付で、伊集院忠金・川上忠克(意釣)・三原重秋が新納忠元へ送った連署状。菱刈四郎が曽木を差し上げた後も在所が定まらないため、従前の奉公に報いて花北一所を与え、追って加扶持する上意を伝える。続く隆豊の伝記は、文禄元年に島津義弘・久保に従って朝鮮へ渡り、江原道・南原・唐島番船で軍功を挙げ、慶長三年の交戦で負傷して壱岐から帰国したこと、慶長四年の伊集院忠真による庄内の乱、同五年の関ヶ原で義弘旗下に戦ったことを記す。帰国後は重秀の家督代を務め、重栄を後嗣として花北へ戻り、慶長十五年には琉球へ渡航し、元和四年に没した。重種は島原の乱・上洛に供奉し、大口衆頭、鹿児島城下勤仕を経て加久藤で養老した。第二は本文中に『43の2』とある天正四年二月彼岸日付の菱刈一族並他門交名注文で、菱刈・曽木・長池・入山・藤島・井手籠・得光・柿木原・花北等の一族・他門名を列挙し、菱刈大膳亮隆商が証判する。

登場人物
菱刈四郎、伊集院忠金、川上忠克(意釣)、三原重秋、新納忠元、隆豊、島津義弘、島津久保、上井兼政、新納久饒(遊甫)、伊集院忠真、島津忠恒、石田三成、徳川家康、重秀、重栄、鹿島駿河守、市来小四郎、面高連長坊、瀧聞伝右衛門、毛利内正、伊地知少左衛門、鎌田与兵衛、隆次、重種、島津光久、島津家久、忠充、重利、重高、重興、菱刈家重、菱刈重信、菱刈重世、曽木直茂、曽木忠茂、長池重直、曽木重政、入山元古、藤島光重、井手籠重久、得光成法、柿木原囚次、花北妙道、家保、菱刈隆商
宛先
新納刑部太輔忠元殿(43-1連署書状)
キーワード
三原重秋外二名連署書状、十二月廿日、伊集院忠金、川上意釣、三原重秋、新納忠元、菱刈四郎、曽木差上、花北一所、加扶持、隆豊、文禄元年、朝鮮出兵、江原道、南原、唐島番船、慶長三年、壱岐帰国、庄内の乱、関ヶ原、島津義弘、家督代、琉球渡航、元和四年、重種、島原の乱、大口衆頭、鹿児島城下、加久藤、菱刈一族並他門交名注文、天正四年二月彼岸日、菱刈隆商
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-G000115系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

管理表題:重長譜中記事:○同年五月二十四日…鹿屋於重長

義久公が隅州鹿屋を重長に与えたと記す。 国老の喜入季久・川上忠克入道意釣・平田昌宗・村田經定・伊集院忠金の証書を後に付す。

登場人物
義久公、重長、喜入攝津介季久、川上上野介忠克入道意釣、平田美濃守昌宗、村田越前守經定、伊集院右衛門大夫忠金
宛先
—
キーワード
系譜記事
後編1-No.798文書確認度 高

真木島昭光・一色昭秀連署副状

真木島昭光・一色昭秀が、足利義昭が中国へ移り毛利氏の支援を得て、武田・北条・上杉以下の東西諸勢力を糾合し帰洛を急いでいると説明する。義昭の御内書を受け、島津義久へ忠勤を尽くすよう進言することを求め、詳細は蓮華坊が伝えるとする。

登場人物
真木島昭光、一色昭秀、足利義昭、毛利氏、武田氏、北条氏、上杉氏、島津氏老臣、蓮華坊
宛先
伊集院忠棟、川上忠克、平田光宗、村田経定
キーワード
真木島昭光、一色昭秀、連署副状、足利義昭、毛利氏、中国、帰洛、島津義久、蓮華坊、年次推定
後編2-No.58記事確認度 中

薩州島津義虎譜

薩州家の島津義虎が天正十三年七月二十五日に没したことと、子女・妻の系統を簡潔に示す譜記事。 法号や妻が母川上上野守忠克の娘であることなどを掲げ、薩州島津家の親族構成と後継関係を確認できる。

登場人物
島津義虎、異伯、島津忠辰、島津忠続
宛先
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キーワード
島津義虎、薩州家、島津忠辰、島津忠続、異伯、系譜、法号、川上忠克、親族関係