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HP-1020巻9:159注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

相良頼豊

異名・検索語:相良頼豊/相良玄蕃助頼豊/相良長泰/島津忠恒/朝鮮/泗川/慶長三年/戦死/籌山宗道大居士

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:検使先の人名、戦死時の享年、法名の字形は追加校合を要する。

DESCRIPTION

本文内容説明

相良玄蕃助頼豊は相良長泰(閑栖斎)の嫡子。島津忠恒に従って朝鮮へ渡り、検使役を務めた。慶長三年九月十八日、城を引き払って泗川へ退く際に明軍の追撃を受け、馬を射られて徒歩となったが、多数の敵を射倒した。矢が尽きると敵の矢を拾って戦い、ついに戦死した。享年は本文難読。法名は籌山宗道大居士と読める。同行者の戦死記事も付記される。

系譜・人物関係

父は相良長泰(閑栖斎)。相良氏嫡流の人物として記される。

奉公・役職

島津忠恒に供奉して朝鮮へ渡り、検使役を務める。

軍役・事績

慶長三年、泗川への退却戦で馬を射られ、徒歩で抗戦して戦死。

生没・法名等

慶長三年九月十八日の退却時に戦死。享年は難読。法名は籌山宗道大居士と読める。

統合人物ID
HP-1020
原人物ID群
09-159-01
氏・分類
相良
掲載巻頁
巻9:159
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
父は相良長泰(閑栖斎)。相良氏嫡流の人物として記される。
検索キーワード
相良頼豊/相良玄蕃助頼豊/相良長泰/島津忠恒/朝鮮/泗川/慶長三年/戦死/籌山宗道大居士
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁が頼豊の朝鮮従軍、泗川退却戦と戦死を記す。末尾の同行戦死者は頼豊の事績に付随する記述。
判読保留
検使先の人名、戦死時の享年、法名の字形は追加校合を要する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』