HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
相良頼豊
異名・検索語:相良頼豊/相良玄蕃助頼豊/相良長泰/島津忠恒/朝鮮/泗川/慶長三年/戦死/籌山宗道大居士
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:検使先の人名、戦死時の享年、法名の字形は追加校合を要する。
DESCRIPTION
本文内容説明
相良玄蕃助頼豊は相良長泰(閑栖斎)の嫡子。島津忠恒に従って朝鮮へ渡り、検使役を務めた。慶長三年九月十八日、城を引き払って泗川へ退く際に明軍の追撃を受け、馬を射られて徒歩となったが、多数の敵を射倒した。矢が尽きると敵の矢を拾って戦い、ついに戦死した。享年は本文難読。法名は籌山宗道大居士と読める。同行者の戦死記事も付記される。
系譜・人物関係
父は相良長泰(閑栖斎)。相良氏嫡流の人物として記される。
奉公・役職
島津忠恒に供奉して朝鮮へ渡り、検使役を務める。
軍役・事績
慶長三年、泗川への退却戦で馬を射られ、徒歩で抗戦して戦死。
生没・法名等
慶長三年九月十八日の退却時に戦死。享年は難読。法名は籌山宗道大居士と読める。
- 統合人物ID
- HP-1020
- 原人物ID群
- 09-159-01
- 氏・分類
- 相良
- 掲載巻頁
- 巻9:159
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 父は相良長泰(閑栖斎)。相良氏嫡流の人物として記される。
- 検索キーワード
- 相良頼豊/相良玄蕃助頼豊/相良長泰/島津忠恒/朝鮮/泗川/慶長三年/戦死/籌山宗道大居士
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全1頁が頼豊の朝鮮従軍、泗川退却戦と戦死を記す。末尾の同行戦死者は頼豊の事績に付随する記述。
- 判読保留
- 検使先の人名、戦死時の享年、法名の字形は追加校合を要する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』