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HP-0498巻9:155-156注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

佐多久慶

異名・検索語:佐多久慶/佐多太郎次郎久慶/太郎次郎/佐多久政/島津尚久/島津義弘/知覧/川辺宮村/門之浦/朝鮮/泗川/文禄元年/慶長九年/幽山賢心居士

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:生年・享年は本文で確定せず、異本の享年記事は追加校合を要する。

DESCRIPTION

本文内容説明

佐多太郎次郎久慶は久政の子で、永禄年間生、母は島津尚久の長女。知覧で火災に遭い系図・文書の多くを失った。門之浦の海賊事件では関与を疑われたが、誓紙を提出し、島津義久らの取り成しで免れた。天正十九年に知覧から川辺宮村へ移り、文禄元年に義弘に従って朝鮮へ渡海。病後は弟久英を軍代として泗川などの軍役を担わせた。慶長九年六月二十日、宮村で病没。法名幽山賢心居士。

系譜・人物関係

父は佐多久政、母は島津左兵衛尉尚久の長女。嫡子は佐多忠充。弟久作久英が朝鮮役の軍代を務めた。

奉公・役職

島津義弘に従って朝鮮へ出陣。病気のため弟久英を軍代に立てた。

軍役・事績

文禄元年に一族・家臣を率いて渡海。久英の部隊は南原・泗川方面で軍労し、家臣多数が戦死した。

生没・法名等

永禄年間生。慶長九年六月二十日、川辺宮村で病没。法名幽山賢心居士。享年は本文では不詳。

統合人物ID
HP-0498
原人物ID群
09-155-01
氏・分類
佐多
掲載巻頁
巻9:155-156
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
父は佐多久政、母は島津左兵衛尉尚久の長女。嫡子は佐多忠充。弟久作久英が朝鮮役の軍代を務めた。
検索キーワード
天正/文禄/奉行/家臣/出陣/戦死/攻落/朝鮮/嫡子/子/母/孫/女/法名/享年/家系由緒・奉公・軍役
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全2頁が久慶の出自、海賊事件、所替、朝鮮出兵、弟久英の軍代、病没を記す同一人物記事。
判読保留
生年・享年は本文で確定せず、異本の享年記事は追加校合を要する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』