HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
佐多久英
異名・検索語:佐多久英/佐多民部左衛門尉久英/久作/佐多久慶/佐多忠将/川辺宮村/朝鮮/庄内/穆佐/軍代/寛文七年/宝山慶珍居士
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:出生系譜の細字と養子縁組の時期には追加校合の余地がある。
DESCRIPTION
本文内容説明
佐多民部左衛門尉久英は久作、久慶の弟。幼少時に忠将の養子となり、のち久慶と兄弟の契約を結んで川辺宮村へ移り、庶子分として知行三十石を付属された。久慶の軍代として朝鮮へ渡り、庄内御陣では忠充の軍代として出陣。伊東勢が穆佐辺を乱妨した際にも派遣された。朝鮮・庄内在陣の覚書があったという。寛文七年六月二十六日没、八十六歳、法名宝山慶珍居士。
系譜・人物関係
佐多久慶の弟。幼少時に佐多忠将の養子となり、久慶と兄弟の契約を結んだ。
奉公・役職
久慶および忠充の軍代として奉公。庶子分として知行三十石を受けた。
軍役・事績
朝鮮へ渡海し、庄内御陣と穆佐周辺の伊東勢対応にも出陣。
生没・法名等
寛文七年六月二十六日没、八十六歳。法名宝山慶珍居士。
- 統合人物ID
- HP-0497
- 原人物ID群
- 09-157-05
- 氏・分類
- 佐多
- 掲載巻頁
- 巻9:157
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 佐多久慶の弟。幼少時に佐多忠将の養子となり、久慶と兄弟の契約を結んだ。
- 検索キーワード
- 天正/寛文/嫡子/子/父/孫/養子/卒/法名/歳/家系由緒・奉公・軍役
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID・頁数対応を確認。疑義を明記して記載箇所へ案内できるため公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全1頁が久英の養子・知行、軍代としての朝鮮・庄内・穆佐出陣、没年を記す単独記事。
- 判読保留
- 出生系譜の細字と養子縁組の時期には追加校合の余地がある。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』