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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

14 件 (全巻)/ 1–14件を表示

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後編1-No.378文書確認度 高

頼忠法印書状

頼忠法印が、高崇寺に関わる肝付良兼に対し、根来寺に住山していた折に法流の相承を約束したことを述べ、自身が老齢であるため速やかに来訪して法流を受け継ぐよう求めた書状。

登場人物
頼忠法印、肝付良兼、高崇寺
宛先
肝付三郎殿御宿所(肝付良兼)
キーワード
頼忠法印書状、十月十六日、肝付良兼、高崇寺、根来寺、法流、相承、老齢、来訪要請
後編1-No.592文書確認度 中

肝付良兼祭文

肝付良兼が島津貴久の死を知り、七月二十四日に僧衆を集めて霊前へ供膳を備え、捧げた祭文。貴久を文武に秀でて三州を中興し、適材を用い、百戦百勝の名を広めた君主とたたえる。良兼の先人と貴久との盟約・厚誼を回想し、敵対関係にあっても死を悼む情は貴賤を超えるとして、五十八年の生涯と群臣・庶民の悲嘆を詠嘆する。

登場人物
肝付良兼、島津貴久、肝付良兼の父祖
宛先
島津貴久の霊前
キーワード
肝付良兼祭文、島津貴久、元亀二年、七月二十四日、供膳、三州中興、文武、百戦百勝、盟約、厚誼、敵対、五十八年、追悼
附録1-No.432系図確認度 中

肝付氏弁済使職系図

肝付郡弁済使職に関わる肝付氏の系譜を示した系図。阿佛を上位に置き、兼石・岸良兼基・東方兼廣・河南兼秀らの諸系統と、宮内左衛門尉・新左衛門尉・左衛門太郎などの通称・官途を系線で結び、弁済使職をめぐる一族の構成を示す。

登場人物
阿佛、兼石、岸良兼基、東方兼廣、河南兼秀、兼藤、兼秀、兼任、兼盛ほか
宛先
—
キーワード
肝付氏、肝付郡、弁済使職、系図、阿佛、兼石、岸良兼基、東方兼廣、河南兼秀、兼藤、兼任、兼盛
前編2-No.2504記事確認度 中

殉国名藪

天文十四年九月晦日の戦いを中心に、島津方で戦死した武士の名と戦死地・状況を列記する。

登場人物
遠矢金兵衛良兼、河内守義弘、藤崎豊前守、公範
宛先
—
キーワード
殉国名藪、遠矢金兵衛良兼、河内守義弘、藤崎豊前守、戦死、殉国、天文十四年
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w05:11-3廻状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

岸良兼政廻状

代官の岸良兼政が、飯野上江村の井手溝は前年秋の洪水で損なわれたため、曖衆・普請奉行に人員を出させて川除と溝掘りを先に進めるよう催促する。本人は別件を済ませて現地へ赴くと伝える。

登場人物
岸良兼政、飯野・吉田・吉松ほか曖衆
宛先
―
キーワード
岸良兼政、飯野上江村、井手溝、前年洪水、川除、溝掘り
後編1-No.702記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

天正元年九月二十七日の早崎・咲花平着陣と小浜城攻略を詳述する。島津方は激戦の末に城柵を破り、伊地知美作守を退去させたが、伊集院久春が重傷、肥後平三郎らが戦死した。牛根城包囲中の野戦では白胴服の武者が単騎で敵首を挙げ、周囲を叱咤した逸話を載せる。肝付領の通路を遮断するため、十一月中旬に歳久・以久を大将として平床へ陣を進めた。

登場人物
島津義久、伊地知重興、肝付良兼、伊地知美作守、伊集院久春、肥後平三郎、桑波田孫太郎、河野玄蕃允、梅北宮内左衛門、島津歳久、島津以久
宛先
早崎、咲花平、小浜、牛根、平床、茶園尾
キーワード
箕輪伊賀覚書、天正元年、早崎、咲花平、小浜城、伊地知美作守、伊集院久春、牛根城、白胴服武者、平床陣、島津歳久、島津以久
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:32文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

肝付経兼届書

肝付八郎右衛門が御番免除の願いに添えた家筋の書物の抜書。先祖が肝付郡を領したことから歴代の相続・奉公をたどり、島津家との関係や一族の格式を述べる。宝永七年閏八月八日付の記録。

登場人物
肝付経兼届、肝付八郎、武久、一七代之祖河内守、省釣妻者日新、一右良兼妻者伊東三位、龍伯、半十郎事家久
宛先
一右良兼妻者伊東三位、龍伯、不中直阿多、兼道、女房、伊東方、御先祖
キーワード
肝付経兼届書、系図・由緒、琉球関係、領地・地頭職、琉球、鎌倉、肥後
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:100系図・伴家肝属氏正統近代の家譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伴姓肝付氏正統系図

伴家肝属氏の近代の家系を兼続以下の枝筋までたどり、子女・養子・婚姻、家督、官途・法名、所領、戦死や寺院関係を記した長大な系図。冒頭に宝永四年五月二十五日、改訂して御記録所へ差し出したと記し、兼続の弘治二年の口宣、良兼らの志布志大慈寺・日州の寺院や位牌をめぐる記事、兼長らの地頭職・知行、兼道らの島津家との関係や慶長五年の戦死を載せる。後段には享保年間の太刀・銀馬代や家格に関する願い、僧籍に入った者、女性の婚姻・離別も記し、宝永四年の提出後にあたる年次の記事も含む。単なる直系表ではなく、分家・養子筋と後年の由緒主張を併記した点に特徴がある。

登場人物
兼続、良兼、兼長、兼吉、兼道、兼盛、兼康、兼幸、兼辛、兼親、年兼、経兼、治兼、兼群、島津家久、島津義久、島津龍伯、伊東義祐、大友宗麟
宛先
なし(系図。冒頭に御記録所への差出を記載)
キーワード
伴家系図、肝属氏正統、宝永4年御記録所提出、兼続、良兼、兼長、兼道、兼辛、兼康、兼幸、年兼、経兼、治兼、兼群、志布志大慈寺、日州、地頭職、養子・婚姻、慶長5年戦死、享保年間の家格・拝領願、太刀・銀馬代
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w05:23勧農御用帳抜書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

祢寝清雄勧農御用帳

祢寝清雄の勧農御用帳は、光久が八郎右衛門の耕作指導を喜び、今後も相談すると述べたことを記す。八郎右衛門が百姓に鍬二百挺や女の菅笠を用意し、領分に櫨を植えて蝋燭を進上したこと、岸良兼敬の協力、百姓の殿役を御上下の時以外は減らしたいとの提案、肥料の保管法も載せる。

登場人物
祢寝清雄(八郎右衛門)、島津光久、岸良兼敬
宛先
―
キーワード
延宝九年、祢寝清雄、勧農、鍬二百挺、菅笠、櫨、蝋燭、岸良兼敬、殿役
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:22-1系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伴姓肝付氏庶流系図

舒明天皇・天智天皇・大友皇子を起点に伴姓の祖系を示し、兼経・兼益以下の肝付氏と庶流を配する系図。萩原・救仁郷・安楽・検見崎・北原・和泉・岸良・野崎・川南・鹿屋・小野口・山下など各氏の分出を明記する。兼尚が鎌倉在府中、兼重が留守・番代を務め、その子秋兼が兼尚の養子となって嫡家を相続した経緯を載せる。後段では兼続(法号省釣)の永正八年誕生、永禄五年の松山・志布志知行、永禄九年十一月十五日の志布志での死去、良兼・兼勝・兼樹・兼包・兼政らの続柄を記す。兼政は早世した良兼の娘を妻として嫡家を相続し、慶長五年九月十五日に美濃国関ヶ原で戦死したとし、兼元の島津元久上京供奉や兼忠の頴娃拝領にも触れる。

登場人物
舒明天皇、天智天皇、大友皇子、余那足、善名、善男、仲用、仲兼、兼遠、兼行、行貞、兼貞、兼俊、兼経、兼益、兼員、兼任、兼綱、貞、兼友、兼幸、行俊、兼藤、兼尚、兼重、秋兼、兼光、兼廣、宗兼、信兼、兼氏、兼朝、久兼、兼政、兼続、良兼、兼勝、兼樹、兼包、兼元、兼忠、島津元久、島津久豊、島津忠朝、伊東義祐
宛先
—
キーワード
伴姓肝付氏庶流系図、天智天皇、大友皇子、伴姓、肝付氏、萩原氏、救仁郷氏、安楽氏、検見崎氏、北原氏、和泉氏、岸良氏、野崎氏、川南氏、鹿屋氏、小野口氏、山下氏、兼尚、秋兼、養子、嫡家相続、兼続、省釣、松山、志布志、兼政、慶長五年、関ヶ原合戦、戦死、島津元久、上京供奉、頴娃、系図、庶流
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:26系図・建部姓田代氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

建部姓田代氏正統系譜

桓武天皇―葛原親王―高見親王―高望親王から平氏諸流を展開し、良望・良将・良兼・良繁・良文の系、忠頼・将常以下の各地の祖、北条四郎大夫時家から時綱・時兼・時政・義時・泰時・時氏らへ続く北条系、惟衡―正度―正衡―正盛以下の伊勢平氏系を並記した系図。忠盛には三十三間堂建立、清盛には太政大臣・厳島再興、維盛には新三位中将、資盛・師盛・清度らには位官を注記する。田代氏の直接の系統では、時盛が伊豆守として当国へ下向し、野上田伊予坊を引いて知行し、源氏から平姓へ改めて建部氏を号したとする。光盛―秀盛―久季の久季は上洛して宇治川で討死し、佐多家が断絶して守護領となったと記し、時盛―実盛―国盛以下から道清・以久・清久・久助へ至る。以久は法光寺を建立し、氏久から良院・鹿屋内高隈村の宛行文書を受けたとし、清久には串良知行などの文書、久助には『三ヶ国の大将軍として探題へ参上』との注記を添える。

登場人物
桓武天皇、葛原親王、高見親王、高望親王、良望、良将、良兼、良繁、良文、忠頼、将常、頼尊、良盛、惟時、時家、義時、泰時、時氏、時房、経時、時頼、清盛、教盛、忠盛、惟衡、正度、正衡、正盛、頼盛、経盛、忠度、重盛、宗盛、知盛、基盛、重衡、維盛、資盛、時盛、光盛、秀盛、久季、兼盛、存盛、明盛、祐盛、家盛、実盛、国盛、成盛、道清、以久、清久、久助
宛先
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キーワード
建部姓田代氏正統系譜、桓武平氏、葛原親王、高望王、鎮守府将軍、北条氏、伊勢平氏、三十三間堂建立、厳島再興、清盛、忠盛、時盛、当国下向、野上田伊予坊、平姓、建部氏、宇治川討死、佐多家断絶、守護領、田代氏、法光寺建立、良院、鹿屋、高隈村、宛行文書、串良知行、探題
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:5系図・桓武平氏/秩父氏・畠山氏後裔系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平姓秩父氏略系図

桓武天皇から葛原親王・高見王・高望王を経る桓武平氏の系線を起点に、良文流、千葉氏・村岡氏などの分岐を示し、秩父武基・武綱から畠山重忠とその後裔へ続ける略系図。武綱が源義家の奥州征討に従って白旗を賜ったこと、重忠が源頼朝の挙兵以来諸戦に功を立てながら北条時政の後妻牧御方の讒言により武蔵国二俣川で一族・百五十余騎と討死したこと、その子孫が畠山・横瀬・長野・本田などへ分かれたことを注記する。後半は子孫とされる季随・貞久以下の鎮西下向と島津氏への奉公を詳述し、合戦で島津氏久を救って博多林香庵に匿し、扁舟で本国へ帰した忠功、薩摩・日向での地頭職・戦死・法号、婚姻・養子・改名を季弘・季豊ら近世の代まで記す。皇胤から東国武士、さらに九州の島津家臣へ接続する家伝的系譜で、重忠の悲劇と島津氏久救出譚を中心的逸話とする。

登場人物
桓武天皇、葛原親王、高見王、高棟王、高望王、良望、良将、良兼、良文、平忠常、千葉氏、秩父武基、秩父武綱、源義家、畠山重忠、源頼朝、北条時政、重保、重秀、重清、季光、季親、季随、島津貞久、島津氏久、貞親、季持、忠通、貞久、重元、重信、重相、重照、季弘、季豊
宛先
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キーワード
平姓秩父氏略系図、桓武平氏、桓武天皇、葛原親王、高望王、良文流、千葉氏、村岡氏、秩父武基、秩父武綱、源義家、奥州征討、白旗、畠山重忠、源頼朝、北条時政、牧御方、讒言、武蔵国二俣川、百五十余騎、畠山氏、横瀬氏、長野氏、本田氏、鎮西下向、島津貞久、島津氏久、博多林香庵、扁舟帰国、薩摩、日向、地頭職、戦死、法号、婚姻、養子、改名、島津家臣系譜
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:14系図・平姓指宿氏/薩摩諸地頭系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平姓指宿氏系図

桓武天皇・葛原親王・高望王から国香・貞盛らを経て指宿氏へ至る平姓の長大系図。良時(伊佐平次)が武蔵国から薩摩へ下向し、阿多郡領を与えられた由緒を記し、三浦平大夫為通、鎌倉・三浦諸流との系譜を介して薩摩の諸家へ展開する。各系線には鎮守府将軍、伊予守・駿河守・隠岐守などの官途とともに、指宿本地頭、頴娃本地頭、薩摩郡本地頭、河辺本地頭、谷山郡司、水方名主、祁答院郡司等の職名を付す。承久の兵乱で京方に属したため河辺を没収された久道、兵乱時に戦死した者、市来や和泉で討死した者、鎌倉より薩摩守富澄討伐に下向して戦死した者など、中世の軍歴・所領喪失を系譜に織り込む。指宿・頴娃・薩摩郡・河辺・谷山・加治木・肥後菊池・阿多等へ枝分かれした多数の子孫について、通称・地頭職・郡司職・養子・婚姻・戦死を記し、近世の指宿郡司忠秀、加治木新六實平妻らまで系線を延ばす。

登場人物
桓武天皇、葛原親王、高見王、高望王、良望(国香)、貞盛、繁盛、良将、良兼、良文、良持、良廉、良経、良時(伊佐平次)、為道(三浦平大夫)、景成、景村、景時、成友、成長、成行、成忠、成重、良忠、道房、道綱、道秀、久道、信道、有道、忠永、忠光、忠元、忠行、忠時、忠平、忠正、忠村、忠助、忠季、忠信、忠家、忠国、忠宗、忠澄、忠友、忠持、忠恒、忠秀、忠俊、忠景、忠明、忠真、忠綱、忠能、忠良、忠元、資忠、忠康、隆信、忠高、能忠、忠重、忠永、忠方、家近、忠次、僧明賀、僧俊忠、忠秀、忠澄
宛先
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キーワード
平姓指宿氏系図、桓武天皇、葛原親王、高望王、国香、貞盛、伊佐平次良時、武蔵国、薩摩下向、阿多郡領、三浦平大夫為通、鎌倉氏、三浦氏、指宿本地頭、頴娃本地頭、薩摩郡本地頭、河辺本地頭、谷山郡司、水方名主、祁答院郡司、承久兵乱、京方、河辺没収、寛元四年、鎌倉殿、戦死、市来、和泉、薩摩守富澄、養子、婚姻、官途、地頭職、郡司職
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:101系図・伴氏/前田茂右衛門家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伴家系図

前田茂右衛門の所蔵と記す伴家系図で、天智天皇・大友皇子から伴善男らを経て、肝付と号した兼後以下の諸流をつなぎ、家族関係・官職・法名・所領・軍功を併記する。兼藤の相模国鎌倉住、兼久の鹿屋・肝付殿番代、兼光の越前守、兼続の加治木城主・高山城落城後の入部、兼勝らの山城守・左右衛門尉などの系統をたどる。後半には、兼洪が天文二年に逆心露見により誅伐された記事と遺児の記述、兼続が永禄期に松山・志布志を知行し同九年に没した記録を載せる。系線だけでなく、女子の婚姻、養子、出家、戦死や相続の経緯まで書き込む点が特徴で、前項の宝永四年御記録所提出の近代肝属氏正統系図とは別の系図である。

登場人物
天智天皇、大友皇子、伴善男、伴兼後、伴兼経、兼藤、兼久、兼忠、兼光、兼久、兼頼、兼綱、兼松、兼洪、兼続、兼勝、良兼、島津忠朝、前田茂右衛門
宛先
なし(系図。前田茂右衛門の所蔵注記)
キーワード
伴家系図、前田茂右衛門蔵、天智天皇、大友皇子、伴善男、兼後、肝付、鎌倉、鹿屋、加治木、高山城、志布志、天文2年、永禄5・9年、兼洪、兼続、兼勝、女子婚姻、養子、戦死