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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 462編者記事・薩摩衆警固派遣旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

山田民部少輔有栄の従者六人が差副として各地頭所衆とともに獅子島警固へ向かった経過を記す。谷四郎左衛門尉重将・平田狩野介宗弘らの名を挙げ、島津勢の国境警備と、松平甚三郎の指示による平田の肥後三角派遣を述べる編者記事である。

登場人物
島津家久 山田民部少輔有栄 谷四郎左衛門尉重将 羽月地頭平田狩野介宗弘 牧野傳蔵 林丹波守 松平甚三郎直恒
宛先
なし(記事)
キーワード
差副 地頭所衆 獅子島警固 国境警備 三角派遣
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:1系図・系譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

勝部宗将書付並猿渡越中流系図

勝目宗将の書付と猿渡越中守流の系図。猿渡掃部兵衛が羽月地頭時代に高麗へ渡海し、十一月十八日に四十四歳で戦病死したこと、法名、弟による跡目相続、四百石の知行、加治木・帖佐への移動、子女・養子関係を記す。延宝五年九月二十五日、勝目助左衛門宗将から山元孝右衛門へ提出した系譜書付。

登場人物
勝目宗将、猿渡越中守、猿渡掃部兵衛、猿渡喜右衛門、山元孝右衛門
宛先
山元孝右衛門
キーワード
勝部宗将書付並猿渡越中流系図、勝目宗将、猿渡越中守、猿渡掃部兵衛、羽月地頭、高麗渡海、戦病死、法名、跡目、四百石、加治木、帖佐、山元孝右衛門、延宝五年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:6文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

猿渡信安届書

猿渡信安が先祖の地頭歴を記録所へ届け出た書付。猿渡越中守が加世田・羽月地頭となり、天正年中に知行を羽月へ移して城内に居住したこと、猿渡掃部兵衛が羽月地頭となったことを記す。さらに猿渡興三の栗野地頭、猿渡喜右衛門尉の川内山田地頭就任を挙げ、不明な年代は追って調査するとする。

登場人物
猿渡信安、猿渡越中守、猿渡掃部兵衛、猿渡興三、猿渡喜右衛門尉
宛先
—
キーワード
猿渡信安届書、猿渡越中守、猿渡掃部兵衛、猿渡興三、猿渡喜右衛門尉、加世田地頭、羽月地頭、栗野地頭、川内山田地頭、知行、記録所、天和二年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:22記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

猿渡信安由緒覚

猿渡信安が、宇都宮次郎左衛門が羽月へ移された由緒について鮫島仲兵衛の照会に答えた覚書。六代前の猿渡越中が加世田地頭から羽月地頭へ移った経緯と、天正十五年の肥後国合志城主一行に対する島津方の処置、猿渡越中・白坂式部らの役割を述べ、家伝の範囲で回答する。

登場人物
猿渡信安、猿渡越中、宇都宮次郎左衛門、鮫島仲兵衛、島津義久、島津義弘、合志蔵人、白坂式部
宛先
鮫島仲兵衛
キーワード
猿渡信安由緒覚、猿渡信安、猿渡越中、宇都宮次郎左衛門、鮫島仲兵衛、羽月地頭、加世田地頭、島津義久、島津義弘、合志蔵人、白坂式部、天正十五年
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:24-16記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

『大友御退治御日帳』三日条等抄并猿渡氏考証

『大友御退治御日帳』三日条から、羽月の猿渡掃部兵衛尉が使僧を通じて祝儀を申し上げ、新納武蔵守も同様に申し入れた記事を抄出する。あわせて天正八年八月の肥後国水俣陣の軍記勢揃に羽月地頭猿渡掃部兵衛が見え、この時期まで越中が掃部兵衛を名乗ったことを考証する。

登場人物
猿渡掃部兵衛尉、猿渡越中守、新納武蔵守
宛先
—
キーワード
大友御退治御日帳、猿渡掃部兵衛尉、猿渡越中守、新納武蔵守、天正八年八月、水俣陣、羽月地頭、使僧、祝儀
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:19系図・平田狩野之助家先祖由緒/軍功・知行記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平田狩野之助先祖之次第

平田重宗から分かれたと伝える狩野之助家の系譜・軍歴・知行記録。筑前守宗勝は日州福島で戦死し、日置美濃守久遂の二男・出羽守宗仍は末吉地頭として居住した後、貴久に召し出され先代同様に家老職を務め、永禄元年三月十九日の肝付勢との宮ヶ原合戦で子の虎五郎と家人六名とともに戦死した。弘治二年生まれの平次郎狩野之助は七歳で北郷家へ付され、のち鹿児島へ戻って日州本城地頭・近村五十余町を与えられ、肥後・豊後、豊臣秀吉の九州攻め、庄内の戦いで奉公したが、慶長五年九月十五日に関ヶ原で四十五歳で戦死した。二男源太は飫肥方面の戦いで福島内市木にて戦死し、宗弘は宗應の跡を継いで羽月・日州野尻の地頭を務めたことまで記す。

登場人物
平田重宗、平田筑前守宗勝、平田出羽守宗仍(初名久能)、日置美濃守久遂、平田正宗、平田又拾郎、貴久公、平田虎五郎(新左衛門尉)、竹之下孫七郎、鍋倉三郎九郎、川野左近、池山弥次郎、嘉川神五、厚地孫八、平田虎五郎(平次郎・狩野之助)、北郷殿、豊臣秀吉、平田源太(新介)、平田宗親(喜左衛門)、平田宗公(新介・三兵衛)、平田宗清(新介・弥一左衛門)、平田宗弘(平三・狩野之助)、宗應
宛先
—
キーワード
平田狩野之助先祖之次第、平田重宗、宗勝、日州福島、戦死、宗仍、日置美濃守久遂、末吉地頭、家老職、宮ヶ原合戦、肝付勢、虎五郎、家人六名、平次郎狩野之助、北郷家、日州本城地頭、五十余町、肥後・豊後、豊臣秀吉九州攻め、庄内、渡瀬砦、関ヶ原合戦、源太、市木、宗弘、羽月地頭、野尻地頭
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:112系図・種子島氏支族国上氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

国上氏系図

種子島氏支族・美座対馬守時里の二男から出た国上氏の系図で、時里・時宣・時通以下の系線と婚姻・養子関係を記す。時盛は伊勢長門守貞清の二男で嗣子として養育されたとあり、島津義久の奥向きへの奉仕、小浜村千石の采地拝領、見隆寺建立を記す。後代の時貞は馬術と鉄砲の師範を務めたとされ、時春には高原・羽月の地頭職の記事がある。和田十助正弘の養子になった者や家督を継いだ者、諸家との婚姻も挙げ、国上氏の分流と奉公・知行の継承をたどる。

登場人物
種子島時里、時宣、時通、時盛、時貞、時春、島津義久、伊勢貞清、和田十助正弘
宛先
なし(系図)
キーワード
国上氏系図、種子島氏支族、美座対馬守時里、時宣、時通、時盛、伊勢長門守貞清、島津義久、奥向き奉仕、小浜村千石、見隆寺、時貞、馬術、鉄砲師範、時春、高原地頭、羽月地頭、和田十助正弘、養子、家督
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:7-2記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

猿渡信安家筋由緒覚

猿渡信安が嫡子監物の初御目見願いに添えた家筋由緒覚。曽祖父猿渡越中の加世田・羽月地頭就任と日向伊東氏・高城での大友氏との合戦、肥前知々輪での軍役、猿渡掃部兵衛の羽月地頭就任と高麗陣での奉公・戦死などを記す。歴代の相続・養子・知行・感状の伝来を述べ、監物へ至る家筋を説明する。

登場人物
猿渡信安、猿渡越中、猿渡掃部兵衛、島津義弘、島津久保、猿渡監物
宛先
仁礼覚左衛門
キーワード
猿渡信安家筋由緒覚、猿渡越中、猿渡掃部兵衛、猿渡監物、加世田、羽月、日向、高城、肥前知々輪、高麗陣、地頭、軍功、相続、養子、知行、感状