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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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78 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編2-No.302記事確認度 高

町田忠綱譜

町田久倍の長男・町田忠綱が、天正十五年五月八日に島津義久の太平寺での豊臣秀吉への降参に供奉したことを記す短い譜記事。父久倍・弟久幸とともに義久の服属儀礼を支えた町田氏一族の役割を示す。

登場人物
町田忠綱、島津義久、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
町田忠綱譜、町田忠綱、町田久倍、島津義久、豊臣秀吉、太平寺、降参、供奉、町田氏
後編2-No.1184記事確認度 高

町田忠綱譜

町田久倍の子・忠綱が文禄二年春に朝鮮へ出陣し、旧都で島津義弘・久保に拝謁した後、両公に従って巨済島の唐島へ移った経過を記す。 忠綱は唐島の陣中で病死し、享年二十九歳だったという、若い家臣の朝鮮在陣と最期を伝える譜記事。

登場人物
町田忠綱、町田久倍、島津義弘、島津久保
宛先
—
キーワード
町田忠綱、町田久倍、島津義弘、島津久保、朝鮮出兵、巨済島、唐島、病死、二十九歳、譜
後編3-No.1213記事確認度 高

大田忠綱譜

大田吉兵衛忠綱は、慶長五年秋に石田三成が関東へ兵を起こすと、阿多長寿院らと帖佐を発し、島津義弘(惟新)に従って美濃国関ヶ原へ向かった。西軍敗北後も義弘の側を離れず大軍中を切り抜けて帰国し、軍功により感状を重ねて受け、百石を与えられた。

登場人物
島津義弘(惟新)、大田吉兵衛忠綱、石田三成、阿多長寿院
宛先
該当なし
キーワード
大田忠綱譜、大田吉兵衛忠綱、島津義弘(惟新)、石田三成、阿多長寿院、帖佐、関ヶ原合戦、敵中突破、帰国随従、感状、百石
附録2-No.1067文書確認度 高

向井忠綱書状

将軍が機嫌よく過ごしていることを伝え、島津光久が道中無事に到着したかを尋ねる。出立時の言葉どおり使者と泡盛一甕・赤貝漬一壺を贈られた心遣いへ謝意を示した向井忠綱書状。

登場人物
向井忠綱、島津光久、徳川将軍
宛先
島津光久
キーワード
向井忠綱、島津光久、徳川将軍、帰着、泡盛、赤貝漬、使者
附録2-No.1206記事確認度 高

島津忠綱譜

越前島津氏の元祖・忠綱について、四郎左衛門尉・周防守などの官途を記し、忠行・忠景らへ続く系統の起点を示した譜。

登場人物
島津忠綱、島津忠行、島津忠景
宛先
—
キーワード
島津忠綱、島津忠行、島津忠景、越前島津氏、元祖、周防守、系譜
後編2-No.301記事確認度 高

町田氏系図

町田氏の梅久・忠栄・久徳・久倍らの系譜と官途を掲げたうえで、久倍の奉公を詳述する。久倍は島津義久の豊肥筑六国への出兵に従軍し、九州征伐後は伊集院地頭として太平寺へ向かう義久の道中警固を担当、二子忠綱・久幸とともに供奉した。さらに義久の上京にも父子で従い、聚楽第で秀吉に拝謁した際には伊集院幸侃ら少人数のみが近侍したという。系図と服属期の随行履歴を併記する記事。

登場人物
町田久倍、町田忠綱、町田久幸、島津義久、豊臣秀吉、伊集院久盈、伊集院幸侃
宛先
—
キーワード
町田氏系図、町田久倍、町田忠綱、町田久幸、島津義久、太平寺、道中警固、上京、聚楽第、豊臣秀吉
後編3-No.573記事確認度 高

大田忠好譜

『大田忠好譜』の記事。慶長三年冬、明の艨艟に水路を遮られた順天の五将を救うため、島津義弘が敵船へ挑戦した際、大田忠綱が義弘の船上で戦ったとする。忠綱は左額に矢傷を負ったが、義弘が自ら治療して回復し、その後は伏見で供奉した。

登場人物
大田忠好(初名忠綱、吉兵衛尉)、島津義弘、順天の五将
宛先
—
キーワード
大田忠好譜、大田忠好、大田忠綱、吉兵衛尉、慶長三年冬、島津義弘、順天五将救援、明軍、艨艟、水路遮断、船上戦闘、左額矢傷、義弘自ら治療、平復、伏見供奉
後編4-No.588記事確認度 高

大田忠角譜

大田忠角譜の記事。忠角は大田吉兵衛忠綱の養子で、実父は島津実久の庶子・三葉左近太夫忠継入道竹庵であり、島津義弘から賜った法度の条目を深く尊び櫃に収めて伝えたことを記す。

登場人物
大田忠角、大田忠綱、島津実久、三葉忠継、島津義弘
宛先
—
キーワード
大田忠角譜、大田忠角、大田忠綱、島津実久、三葉忠継、島津義弘、養子、法度、家譜
附録2-No.1193記事確認度 高

宮里氏系図抄

越前島津氏の忠綱から、知賀・宇宿を称した忠継らを経て宮里久時へ至る系統と、嫡庶の断絶を記した宮里氏系図抄。

登場人物
宮里忠綱、宮里忠継、宮里久時、宇宿氏
宛先
—
キーワード
宮里氏、宮里忠綱、宮里忠継、宮里久時、宇宿氏、越前島津氏、系図、嫡庶、断絶
附録2-No.1257記事確認度 高

大田氏系図抄(二)

大田氏五代忠好から忠綱・忠角へ続く系統を記し、忠綱に男子がなかったため島津義弘の命で三葉忠躍の三男忠角を猶子として娘婿に迎えた経緯を載せる。忠角死後に娘が桂忠培へ再嫁したことも記す。

登場人物
大田忠好、大田忠綱、大田忠角、島津義弘、桂忠培
宛先
—
キーワード
大田氏、大田忠好、大田忠綱、大田忠角、島津義弘、桂忠培、養子、娘婿、再嫁、系図
附録2-No.1259記事確認度 高

大野氏系図抄

島津国久三男忠綱を祖とする大野氏系図。忠宗に男子がなく樺山久高を婿養子としたが、文禄元年に忠宗が誅されたため離縁となった経緯を記す。忠宗の娘妙春は上方生活の経験を買われ人質に供奉し、帰国後に家を再興して三原重鏡の二男久行を養子に迎えた。

登場人物
大野忠綱、大野忠宗、大野久高、妙春、島津義久、島津久保
宛先
—
キーワード
大野氏、大野忠綱、大野忠宗、樺山久高、妙春、島津義久、島津久保、文禄元年、誅殺、人質、家再興
後編3-No.1229文書確認度 高

大田氏系図

天正七年生まれの大田忠好について、慶長五年九月十五日の関ヶ原合戦で強敵一人を討ち、島津義弘(惟新)の側を離れず帰国したと記す。その軍功を賞され、感状と新恩五十石を与えられた。

登場人物
大田忠好(久成・忠綱)、島津義弘(惟新)
宛先
該当なし
キーワード
大田氏系図、大田忠好、久成、忠綱、島津義弘(惟新)、関ヶ原合戦、敵討取、帰国随従、感状、新恩五十石
後編3-No.1230文書確認度 高

島津義弘(惟新)感状

島津義弘(惟新)が大田弥市こと大田忠好へ、関ヶ原合戦で奮戦し、伊勢・近江・伊賀・大和・河内・和泉を経る帰国路でも片時も側を離れず奉公したことを賞し、知行五十石を与える。

登場人物
島津義弘(惟新)、大田弥市(大田忠好・久成・忠綱)
宛先
大田弥市殿
キーワード
島津義弘(惟新)感状、大田弥市、大田忠好、久成、忠綱、関ヶ原合戦、帰国随従、伊勢、近江、伊賀、大和、河内、和泉、知行五十石
後編4-No.589文書確認度 高

本田親存・比志島国詮連署覚

慶長十四年七月一日、本田親存・比志島国詮が、大田吉兵衛忠綱の養子となった大田忠角に対し、奉公を疎略にせず父母に背かないこと、悪友を避け学問に励むこと、夫婦和合を守ることなど、日常の心得を列挙して遵守を命じた連署覚書。

登場人物
本田親存、比志島国詮、大田忠角、大田忠綱
宛先
大田忠角
キーワード
連署覚書、本田親存、比志島国詮、大田忠角、養子、奉公、孝行、交友、学問、夫婦和合、家訓
前編1-No.285記事確認度 高

越前島津忠綱譜

『越前島津忠綱譜』の記事。承久三年、父忠久が越前国守護職に補任され、忠綱が守護代として越前へ赴いたため越前島津氏を称したこと、頼経・頼嗣・宗尊親王に近侍したことを記す。

登場人物
島津忠綱・頼綱・宗尊親王
宛先
越前国・鎌倉
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、島津忠久、越前国守護、守護代、宗尊親王
前編1-No.395記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱譜所収。嘉禎三年、将軍頼経の上洛に島津忠綱が供奉し、清撰の姓を称したこと、供奉人数等を記す記事。

登場人物
島津忠綱・忠綱妻・忠時ほか
宛先
鎌倉・京都ほか
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、将軍頼経、上洛、供奉、嘉禎三年
前編1-No.396記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱譜所収。嘉禎四年、将軍家が京都から鎌倉へ戻った際、忠綱が左衛門尉として供奉列に加わったことを記す記事。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
京都・鎌倉
キーワード
越前島津忠綱譜、嘉禎四年、将軍家、鎌倉、供奉、忠綱
前編1-No.457記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱譜所収。宝治二年、鶴岡八幡宮放生会に将軍家が出御し、島津忠綱ら随兵十一人が供奉したことを記す記事。

登場人物
島津忠綱・将軍家・鶴岡放生会関係者ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、鶴岡八幡宮、放生会、将軍家、島津忠綱、供奉
前編1-No.458記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱譜所収。宝治二年十二月、豊後左衛門尉忠綱が高麗山山柄献上に関する将軍家の行事に勤仕したことを記す記事。

登場人物
島津忠綱・将軍家・豊後左衛門尉忠綱ほか
宛先
鎌倉
キーワード
越前島津忠綱譜、豊後左衛門尉忠綱、将軍家、高麗山、献上、勤仕
前編1-No.462記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱譜所収。建長二年正月、将軍家が鶴岡八幡宮へ参詣した際、島津忠綱が左衛門尉として供奉列に加わったことを記す記事。

登場人物
島津忠綱・将軍家・鶴岡八幡宮供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、建長二年、将軍家、鶴岡八幡宮、島津忠綱、供奉
前編1-No.464記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱譜所収。建長二年十月、将軍家が相州新造第へ渡御した際、島津忠綱が供奉人として加わったことを記す記事。

登場人物
島津忠綱・将軍家・渡御相州新造第関係者ほか
宛先
鎌倉・相州
キーワード
越前島津忠綱譜、将軍家、相州新造第、渡御、島津忠綱、供奉
前編1-No.493記事確認度 中

越前島津忠綱譜

越前島津忠綱の女子二人の婚姻先を小田常陸介・小田筑後守と記し、建長四年五月十四日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、忠綱が三十八人の供奉者に加わり、殿上人に次ぐ直垂帯剣の列にいたことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、小田常陸介、小田筑後守、鶴岡八幡宮参詣、供奉、直垂帯剣
前編1-No.494記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長四年七月二十三日、将軍家の方違えに際し、御後の騎馬十八人の一人として島津忠綱が供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長四年、将軍家、方違、御後、騎馬十八人、供奉
前編1-No.495記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長四年八月一日、按察親王家の征夷大将軍任命に伴って予定された鶴岡八幡宮への拝賀が停止されたこと、供奉人として島津忠綱が予定されていたことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、按察親王家、征夷大将軍、鶴岡八幡宮、拝賀、供奉
前編1-No.496記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長四年十二月十七日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が御後の布衣四十人の一人として供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長四年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、布衣、供奉
前編1-No.505記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長五年七月十一日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が御後の布衣五十九人の一人として供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長五年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、布衣、供奉
前編1-No.523記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長六年七月十六日、鎌倉中の物忿を鎮めるため諸人が群参した折、六十五人の一人として島津忠綱が将軍家に供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長六年、鎌倉、群参、将軍家、供奉、六十五人
前編1-No.524記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長六年八月十五日の鶴岡八幡宮放生会で、島津忠綱が将軍家の御後、布衣の供奉人に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長六年、鶴岡八幡宮、放生会、布衣、供奉
前編1-No.532記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長八年正月一日、将軍家への年始出仕で島津忠綱が布衣十二人の供奉者に加わったこと、同年十月五日に年号が康元へ改められたことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉ほか
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長八年、年始出仕、布衣、供奉、康元改元
前編1-No.533記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長八年正月十一日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が御後の布衣廿九人の一人として供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉ほか
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長八年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、布衣、供奉
前編1-No.535記事確認度 中

越前島津忠綱譜

建長八年八月十五日の鶴岡八幡宮放生会で、将軍家の出御に際し、島津忠綱が五位十五人の供奉者に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、建長八年、鶴岡八幡宮、放生会、五位、供奉
前編1-No.552記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正嘉元年四月廿三日、鶴岡で将軍家が衣冠で臨んだ御鞠の際、見証の数輩の中に島津忠綱がいたことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正嘉元年、鶴岡、御鞠、将軍家、衣冠、見証
前編1-No.553記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正嘉元年十月一日の大慈寺供養で、将軍家の出御に際し、島津忠綱が御後の布衣十八人の一人として供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・大慈寺
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正嘉元年、大慈寺供養、将軍家、布衣、供奉
前編1-No.560記事確認度 中

越前島津忠綱譜

康元二年正月二日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が五位十八人の供奉者に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、康元二年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、五位、供奉
前編1-No.569記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正嘉二年六月十九日の勝長寿院供養で、曼荼羅供が営まれ、将軍家出御の際に島津忠綱が御後の布衣十二人の一人として供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正嘉二年、勝長寿院供養、曼荼羅供、布衣、供奉
前編1-No.570記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正嘉二年八月の鶴岡八幡宮放生会参宮で、島津忠綱が散状に掲げられた供奉人百二十二人の一人として列したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正嘉二年、鶴岡八幡宮、放生会、散状、供奉、百二十二人
前編1-No.571記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正嘉二年八月十五日の鶴岡八幡宮放生会で、将軍家参宮の御後、島津忠綱が五位十六人の一人として供奉したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正嘉二年、鶴岡八幡宮、放生会、五位、供奉
前編1-No.594記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正元二年正月一日の坑飯で、両国司・評定衆以下が布衣で出仕し、島津忠綱が庭上に列した八十六人の一人であったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉ほか
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正元二年、坑飯、両国司、評定衆、布衣、庭上、八十六人
前編1-No.595記事確認度 中

越前島津忠綱譜

正元二年正月十一日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が御後の五位布衣二十五人の供奉者に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、正元二年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、五位、布衣、供奉
前編1-No.597記事確認度 中

越前島津忠綱譜

文応元年十一月十七日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が御後の供奉人三十二人の一人として列したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、文応元年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、御後、供奉、三十二人
前編1-No.613記事確認度 中

越前島津忠綱譜

文応二年正月一日、将軍家と中御所の御行始で相模禅室亭へ赴いた際、島津忠綱が中御所供奉十一人の一人として列したことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・相模禅室
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、文応二年、将軍家、中御所、御行始、相模禅室亭、供奉
前編1-No.614記事確認度 中

越前島津忠綱譜

文応二年正月七日の将軍家による鶴岡八幡宮参詣で、島津忠綱が布衣の五位十一人の供奉者に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉・鶴岡八幡宮
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、文応二年、将軍家、鶴岡八幡宮参詣、布衣、五位、供奉
前編1-No.615記事確認度 中

越前島津忠綱譜

文応二年二月七日、将軍家御息所の鶴岡八幡宮参詣に際し、島津忠綱が帯衣二十六人の供奉者に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉ほか
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、文応二年、将軍家御息所、鶴岡八幡宮参詣、帯衣、供奉
前編1-No.617記事確認度 中

越前島津忠綱譜

弘長元年八月十五日、中御所が鶴岡八幡宮へ渡御した際、島津忠綱が布衣二十一人の供奉者に加わったことを記す。

登場人物
島津忠綱・将軍家・供奉人ほか
宛先
鎌倉ほか
キーワード
越前島津忠綱譜、島津忠綱、弘長元年、中御所、鶴岡八幡宮、渡御、布衣、供奉