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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

11 件 (全巻)/ 1–11件を表示

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後編1-No.1068文書確認度 高

坪付

忠春が前田兵部左衛門尉へ、薩摩国加世田のうち船越迫の三反を記して示した坪付。

登場人物
忠春、前田兵部左衛門尉
宛先
前田兵部左衛門尉
キーワード
坪付、忠春、前田兵部左衛門尉、加世田、船越迫、三反、所領
後編1-No.1121文書確認度 高

知行坪付

加世田の御所之前・大坪・中島などにある田地を列記し、合計五反を前田兵部左衛門尉の知行として示した坪付。

登場人物
前田兵部左衛門尉
宛先
前田兵部左衛門尉
キーワード
知行坪付、前田兵部左衛門尉、加世田、御所之前、大坪、中島、五反
前編2-No.2310文書確認度 中

島津勝久書状

島津勝久が肝付越前守に、舟での往来や所用、所持地の扱いについて述べ、佐藤兵部左衛門尉を派遣して相談を進めるよう求めた書状。

登場人物
島津勝久、肝付越前守、佐藤兵部左衛門尉
宛先
肝付越前守殿
キーワード
島津勝久、書状、肝付越前守、佐藤氏、舟、所領、相談、二月十三日
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID C:109覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

田口兵部左衛門外二名連署覚

慶安四年の御狩に関する覚。十一月二十九日の四歳猪一頭は六十六人が参加し、鉄砲六十挺・弓六張、代銀八匁と記す。十二月七日の二歳猪一頭は六十四人、鉄砲五十八挺・弓六張、代銀三匁であった。前目山に獲物がいるため検者を申請せず狩ったとして、検者の任命を求める。季安は注で、狩猟用武器の鉄砲への移行を論じる。

登場人物
田口兵部左衛門外二名、宮田慶、境田志賀、田口兵部
宛先
—
キーワード
田口兵部左衛門外二名連署覚、朝鮮出兵、領地・地頭職、軍事・武具、朝鮮
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 608-2添状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

豊田重時・坂元源太左衛門連署添状

長崎の情勢を記した前文書を所次で送り、山田土佐守へ届けるよう中馬兵部左衛門・清田右京亮・木原兵左衛門に命じる添状。目録年月日は『七月日』を維持し、本文の七月三日とは区別する。

登場人物
坂元源太左衛門、豊田右近将重時
宛先
中馬兵部左衛門、清田右京亮、木原兵左衛門
キーワード
目録七月日、本文七月三日、坂元源太左衛門、豊田重時、中馬兵部左衛門、清田右京亮、木原兵左衛門、長崎情勢、所次、山田土佐守、送達
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:103系図・前田宇兵衛家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

前田宇兵衛家系図

前田兵部左衛門兼政の弟兼定を祖とする前田宇兵衛家の系図で、兼定が加世田から谷山へ召し移されたことを記す。家伝は、兼定が高麗出陣で本田六左衛門の手に付き、陣中に詰めて帰陣時に伏見へ上り、感状を受けたが、のち平田盛右衛門に文書を差し出して返却されたという。子孫の兼長・兼延・兼家・兼倍・兼貞・兼賢らには加世田居住、官職・法名・没年、藤崎・馬場・島田・岩切・吉井・有馬などへの婚姻を付し、寛文・延宝・元禄期の記事と末代の出生までたどる。前項の前田茂右衛門家系図とは、兼政の弟兼定から分かれた谷山移住系統である。

登場人物
前田兵部左衛門兼政、兼定、兼長、兼延、兼家、兼倍、兼寛、兼里、兼次、兼貞、兼賢、兼陳、兼基、兼敬、本田六左衛門、平田盛右衛門、藤崎藤左衛門、馬場傳右衛門
宛先
なし(系図)
キーワード
前田宇兵衛家系図、兼定、加世田から谷山へ移住、高麗出陣、本田六左衛門、伏見、感状、平田盛右衛門、兼長、兼延、兼家、兼倍、藤崎家、馬場家、婚姻、没年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:104系図・前田軍八家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

前田軍八家系図

加世田士前田軍八家の系図で、前田兵部左衛門兼政の三番目の弟兼長が加世田に住んだ系統をたどる。兼長の子兼高は主膳と称し、母を宮原吉兵衛の娘と記すほか、兼申・兼明・兼吉らの名乗り、正保二年の兼長と元禄六年の兼明の没年・法名を載せる。後代には医師となって元養と改名した兼周、兼貞・兼西・兼次郎らをつなぎ、河崎・加藤・樋渡・河野・堀之内の家との女子の婚姻も記す。前項の兼定から谷山へ移った前田宇兵衛家とは、兼政の別の弟を起点とする加世田居住の枝筋である。

登場人物
前田兵部左衛門兼政、兼長、兼高、兼申、兼明、兼吉、兼周、兼貞、兼西、宮原吉兵衛、河崎五左衛門、加藤氏、樋渡氏、河野氏、堀之内氏
宛先
なし(系図)
キーワード
前田軍八家系図、兼政の三番目の弟兼長、加世田士、兼高主膳、宮原吉兵衛、兼明元禄6年没、兼周医師・元養、兼貞、兼西、女子婚姻、河崎氏、樋渡氏
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 578書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

中馬重辰書状

多田崎の遠見番衆から、げずみ沖に大船が見えるとの報告があったと知らせる。船は遠く詳細不明だが帆二つが見え、船首は南へ向いているようだといい、変化があれば追って報告するとする。七月五日戌初刻付。

登場人物
中馬兵部左衛門重辰、多田崎遠見番衆
宛先
山田主計助、野村市郎右衛門、伊藤壱岐入道
キーワード
七月五日戌初刻、中馬重辰、多田崎遠見番、大船、げずみ沖、遠方、帆二つ、船首南向き、山田主計助、野村市郎右衛門、伊藤壱岐入道
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:102系図・前田茂右衛門家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

前田茂右衛門家系図

加世田士前田茂右衛門家の系図。祖先の前田兵部左衛門尉兼政が加世田に住み、天正七年に日州飫肥へ召し移され、同十四年七月二十七日に飫肥で戦死したと伝える。家伝では三代前まで肝付を称したが、家が盛んでなかったため前田を名乗ったといい、兼政の弟兼定は谷山へ移り、弟兼長は加世田に住んだと分けて記す。後続の兼昌・兼逸・兼通・兼明・兼治らの系線には、日向から母と姉妹が加世田へ移った話、幼くして知行を受けた記事、宮原・若松・河野・相徳武などへの女子の婚姻と早世も添える。

登場人物
前田茂右衛門、兼政、兼定、兼長、兼昌、兼逸、兼通、兼明、兼治、宮原傳左衛門頼常、相徳武左衛門全延、若松十左衛門忠秀、河野彦兵衛
宛先
なし(系図)
キーワード
前田茂右衛門家系図、加世田士、前田兵部左衛門尉兼政、肝付から前田への改姓、天正7年飫肥移住、天正14年飫肥戦死、兼定谷山移住、兼長加世田居住、幼年知行、女子婚姻
後編2-No.68記事確認度 中

殉国名薮

天正十三年八月の肥後戦線における島津方の戦没者を、日付・戦場・戦死状況とともに列挙した「殉国名薮」。花山城を守って戦死した鎌田政虎、堅志田城攻めで倒れた木脇祐昌・西俣七郎・村山源太らを記し、矢部兵部左衛門尉が三人に囲まれて戦死したことなど、個別の譜では見えにくい損害の広がりを伝える。

登場人物
鎌田政虎、木脇祐昌、西俣七郎、村山源太、矢部兵部、敷根源六ほか
宛先
—
キーワード
殉国名薮、鎌田政虎、木脇祐昌、花山城、堅志田城、肥後、戦死者、相討ち、島津軍、戦没者名簿
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID C::125文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

犬追物手組

延宝六年五月十四日の稽古犬追物「一番闌次第」。犬十五疋を放つ手組で、島津内匠一疋、島津大學三疋、種子島藏人二疋などを記し、検見を川上十郎左衛門、喚次を平山兵部左衛門とする。

登場人物
島津内匠、島津大學、島津權兵衛、肝付三郎、川上孫三郎、川上十郎左衛門ほか
宛先
宛先なし(稽古手組)
キーワード
稽古犬追物手組、延宝六年五月十四日、一番、犬十五疋