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HP-0836巻二:25注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

新納祐久

異名・検索語:新納祐久/新納加賀守祐久/加賀守/祐久/次郎四郎/刑部大輔

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:系譜冒頭の忠祐ハ新納家四代忠治次男男という続きと、次に付くイ三の注はそのまま留保する。世代・出生順位を無注記で補正しない。/祐久本人に仕えた守護の実名と、本文の兄弟の名は本条に記載されないため特定しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

左京亮新納忠祐の子で、加賀守を称し、次郎四郎・刑部大輔の別称を記す。新納氏嫡家の忠茂が志布志を没落した際、兄弟で守護方へ移り、叔父・忠澄の尽力によって近侍するようになった。本条は父祖の由緒も記し、是久が伊作久逸に属して文明17年8月21日に日州飫肥川原で戦死し、その子友義を経て忠祐に至るとする。享禄元年5月1日の庄内冷水での戦死と法名「忠祐喜庵」は父忠祐の記載で、祐久本人のものではない。本人の生没年・没地・墓所は記されない。

系譜・人物関係

本人は左京亮忠祐の子。叔父は忠澄。本文の父祖列挙は駿河守是久→伊勢守友義→忠祐と続く。忠治との世代・出生順位の表現には原注と男の重なりがあり留保。旅庵の子孫新納源左衛門は本条の記載ではない。

奉公・役職

加賀守、次郎四郎、刑部大輔と記す。嫡家忠茂の志布志没落時、兄弟ともに守護方へ移り、叔父忠澄の奔走で昵近となる。守護の実名や近侍の正式職名は補わない。

軍役・事績

父祖の由緒として駿河守是久が伊作久逸の旗下に属し、文明17年8月21日、日州飫肥川原で戦死。その子友義、その子忠祐と続く。享禄元年5月朔日、庄内冷水で戦死したのは父忠祐。祐久本人の戦死・合戦参加へ転用しない。

生没・法名等

本人の生没年・没地・享年・法名・墓所は本条に記載なし。享禄元年5月1日庄内冷水戦死と法名忠祐喜庵は父の情報。旧PDFの士子孫新納源左衛門は旅庵の末尾であり、祐久の法名・子孫ではない。

統合人物ID
HP-0836
原人物ID群
02-025-04
氏・分類
新納祐久
掲載巻頁
巻二:25
主題・活動
守護方移動・近侍・父祖の由緒
人物関係要約
本人は左京亮忠祐の子。叔父は忠澄。本文の父祖列挙は駿河守是久→伊勢守友義→忠祐と続く。忠治との世代・出生順位の表現には原注と男の重なりがあり留保。旅庵の子孫新納源左衛門は本条の記載ではない。
検索キーワード
新納祐久/加賀守/次郎四郎/刑部大輔/新納忠祐/左京亮/新納忠澄/叔父/新納忠茂/志布志没落/守護方/昵近/新納是久/駿河守/伊勢守友義/伊作久逸/日州飫肥川原/庄内冷水/父祖の戦死/忠祐喜庵(父の法名)
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
誤切出しを修復し通常・AI各全1頁を確認。父子と父祖の戦死を分離、守護方移動・叔父忠澄による近侍を整理。
公開判定根拠
本人の独立見出しと奉公由緒を確認。系譜の世代出生順位表現を留保し、正しい本文PDFへ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
旧AI・通常各1頁は休閑斎旅庵の法名末字と子孫注を誤切出ししたものだった。原冊25頁下段の一新納加賀守祐久から叔父忠澄ノ依奔走昵近ニ罷成までが本人の独立条と確認。忠雄PDFに混入していた本条はbatch578で除去済み。既存02-025-04/HP-0836を保って通常・AIを正しい本文全1頁へ差し替え、各全頁再確認。是久・友義・忠祐の記載は祐久条内の系譜由緒で新IDを作らない。次の〇新納武蔵守忠元は含めない。
判読保留
系譜冒頭の忠祐ハ新納家四代忠治次男男という続きと、次に付くイ三の注はそのまま留保する。世代・出生順位を無注記で補正しない。/祐久本人に仕えた守護の実名と、本文の兄弟の名は本条に記載されないため特定しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』