HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
伊鹿倉忠兼
異名・検索語:伊鹿倉忠兼/伊鹿倉織部丞忠兼/織部丞/忠兼
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:祖先久宣の戦死地は大崎に続き勢筒嶋と見えるが、中字の字形の確読を留保。旧説明の大崎勢・筒嶋という分割は採用しない。
DESCRIPTION
本文内容説明
伊鹿倉忠兼は織部丞を称し、豊前忠長の子、豊前忠年の父。家は代々北郷家に仕え、子孫は都之城にいると記す。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男、伊鹿倉又太郎忠貞とされ、久知・久宣・忠知・忠因・忠長へ続く系譜を載せる。豊前守久宣は弘治2年8月17日に大崎で戦死したと記されるが、これは忠兼本人の戦死記事ではない。大崎に続く戦場名の字形は留保。忠兼自身の具体的な奉公・軍役、知行、生没年・没地・法名は記されない。
系譜・人物関係
父豊前忠長、子豊前忠年。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男伊鹿倉又太郎忠貞。その子左近将監久知、子豊前守久宣、子左近将監忠知、子筑後守忠因、子忠長の順。子孫は都之城にいると記す。
奉公・役職
忠兼は織部丞。家は代々北郷家臣。忠兼固有の奉公・軍役・知行は記載なし。祖先の官途は本人の役職へ転記しない。
軍役・事績
祖先豊前守久宣の弘治二辰八月十七日、大崎での戦死を記す。久宣の其子左近は割注左列の将監忠知へ続く。年紀は弘治2年と辰が整合し初見の不整合懸念を撤回する。
生没・法名等
忠兼本人の生没年・没地・法名・墓所は記載なし。弘治2年8月17日の戦死は祖先久宣のもの。
- 統合人物ID
- HP-0029
- 原人物ID群
- 01-022-04
- 氏・分類
- 伊鹿倉
- 掲載巻頁
- 巻1:22
- 主題・活動
- 北郷家臣・祖先系譜
- 人物関係要約
- 父豊前忠長、子豊前忠年。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男伊鹿倉又太郎忠貞。その子左近将監久知、子豊前守久宣、子左近将監忠知、子筑後守忠因、子忠長の順。子孫は都之城にいると記す。
- 検索キーワード
- 伊鹿倉忠兼/織部丞/北郷/都之城/豊前忠長/豊前忠年/伊集院忠国/又太郎忠貞/左近将監久知/豊前守久宣/左近将監忠知/筑後守忠因/弘治二年/八月十七日/大崎/戦死
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 主文と系譜割注を原冊照合、修復通常・AI各全1頁確認。祖先久宣の戦死を区別、戦場地名の中字は留保。
- 公開判定根拠
- 父子と北郷家奉仕・祖先系譜を確認し、戦死者を久宣と判定。戦場地名の留保を注記して公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 現用AI・通常全1頁と原冊22頁上段の主文・割注を照合。右端系譜小注を回復し、左端の次人物文字片を除いたattempt2通常・AI各全1頁を確認。末列の死は前列戦とつながる久宣の戦死記事で保持。丸印其先以下は本人の祖先系譜であり独立新人物見出しではない。新規採番不要。
- 判読保留
- 祖先久宣の戦死地は大崎に続き勢筒嶋と見えるが、中字の字形の確読を留保。旧説明の大崎勢・筒嶋という分割は採用しない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』