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HP-0029巻1:22注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊鹿倉忠兼

異名・検索語:伊鹿倉忠兼/伊鹿倉織部丞忠兼/織部丞/忠兼

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:祖先久宣の戦死地は大崎に続き勢筒嶋と見えるが、中字の字形の確読を留保。旧説明の大崎勢・筒嶋という分割は採用しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊鹿倉忠兼は織部丞を称し、豊前忠長の子、豊前忠年の父。家は代々北郷家に仕え、子孫は都之城にいると記す。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男、伊鹿倉又太郎忠貞とされ、久知・久宣・忠知・忠因・忠長へ続く系譜を載せる。豊前守久宣は弘治2年8月17日に大崎で戦死したと記されるが、これは忠兼本人の戦死記事ではない。大崎に続く戦場名の字形は留保。忠兼自身の具体的な奉公・軍役、知行、生没年・没地・法名は記されない。

系譜・人物関係

父豊前忠長、子豊前忠年。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男伊鹿倉又太郎忠貞。その子左近将監久知、子豊前守久宣、子左近将監忠知、子筑後守忠因、子忠長の順。子孫は都之城にいると記す。

奉公・役職

忠兼は織部丞。家は代々北郷家臣。忠兼固有の奉公・軍役・知行は記載なし。祖先の官途は本人の役職へ転記しない。

軍役・事績

祖先豊前守久宣の弘治二辰八月十七日、大崎での戦死を記す。久宣の其子左近は割注左列の将監忠知へ続く。年紀は弘治2年と辰が整合し初見の不整合懸念を撤回する。

生没・法名等

忠兼本人の生没年・没地・法名・墓所は記載なし。弘治2年8月17日の戦死は祖先久宣のもの。

統合人物ID
HP-0029
原人物ID群
01-022-04
氏・分類
伊鹿倉
掲載巻頁
巻1:22
主題・活動
北郷家臣・祖先系譜
人物関係要約
父豊前忠長、子豊前忠年。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男伊鹿倉又太郎忠貞。その子左近将監久知、子豊前守久宣、子左近将監忠知、子筑後守忠因、子忠長の順。子孫は都之城にいると記す。
検索キーワード
伊鹿倉忠兼/織部丞/北郷/都之城/豊前忠長/豊前忠年/伊集院忠国/又太郎忠貞/左近将監久知/豊前守久宣/左近将監忠知/筑後守忠因/弘治二年/八月十七日/大崎/戦死
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
主文と系譜割注を原冊照合、修復通常・AI各全1頁確認。祖先久宣の戦死を区別、戦場地名の中字は留保。
公開判定根拠
父子と北郷家奉仕・祖先系譜を確認し、戦死者を久宣と判定。戦場地名の留保を注記して公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
現用AI・通常全1頁と原冊22頁上段の主文・割注を照合。右端系譜小注を回復し、左端の次人物文字片を除いたattempt2通常・AI各全1頁を確認。末列の死は前列戦とつながる久宣の戦死記事で保持。丸印其先以下は本人の祖先系譜であり独立新人物見出しではない。新規採番不要。
判読保留
祖先久宣の戦死地は大崎に続き勢筒嶋と見えるが、中字の字形の確読を留保。旧説明の大崎勢・筒嶋という分割は採用しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』