島津綱貴国絵図方御用覚書
元禄十二年五月十八日 / 冊子 118–120頁/整理ID 425
島津綱貴が、幕府絵図方御用で江戸へ派遣する島津主計に、絵図奉行へ不明点を照会し、正保国絵図以後の地形・村里・国境の変化を調べるよう命じた覚書。薩摩・日向国境、椎葉山、飫肥・佐土原・延岡・高鍋領など隣領との境を役人立会いで突合し、相違は絵図と書付で江戸へ報告させる。
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元禄十二年五月十八日 / 冊子 118–120頁/整理ID 425
島津綱貴が、幕府絵図方御用で江戸へ派遣する島津主計に、絵図奉行へ不明点を照会し、正保国絵図以後の地形・村里・国境の変化を調べるよう命じた覚書。薩摩・日向国境、椎葉山、飫肥・佐土原・延岡・高鍋領など隣領との境を役人立会いで突合し、相違は絵図と書付で江戸へ報告させる。
元禄十四年一月二十四日 / 冊子 264頁/整理ID 885
戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が島津忠守ら四名へ、江戸での境絵図調製に伴う絵図役人派遣の要請を承知し、自領境を改めてから役人を送ると答えた連署書状。薩摩側役人から詳しい指示を受けたいと求め、前年末に使者が届けた日向・豊後国境突合絵図は引き続き預かり、役人派遣時に返答すると伝える。高鍋・佐土原にも通知したとの連絡を了承する。
元禄十五年七月 / 冊子 370–372頁/整理ID 1241
松平薩摩守家臣の藤野休左衛門・本城源四郎が、日向国の鹿児島城下から国境、佐土原・高鍋・延岡などの城下、細島・京泊・油津などの乗船場へ至る陸路・海路の里程を列記した書出。現行の国絵図と相違せず、記載外に一万石以上の領主はいないことも証する。
慶応4年辰正月24日、使者差立ての記録 / 冊子 478頁/原整理番号 647/整理ID 647
この藩から布告文を持たせ使者を送った大名衆の名書を掲げる。熊本・久留米・柳川・福岡・佐賀、飫肥・高鍋・延岡・中津・小倉・岡・杵築・臼杵・府内・森・日出・佐伯、島原・唐津・平戸・五島・大村の配布先を、原の領主称号と使者の組ごとに列記する。慶応四年辰正月二十四日に使者を差し立てたと記し、続く布告文は略すと明示する。使者派遣の記録と布告内容の省略を区別し、訪問・受領の完了や省略された布告の文言を補わない。