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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

7 件 (全巻)/ 1–7件を表示

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後編5-No.1259文書確認度 中

日高某外三名連署差出

四人で先手を務めて有馬春之城本丸の塀に取り付き、塀越しに槍を合わせようとしたが、日高十兵衛・有馬久右衛門らが石打ちに遭い、槍を合わせられなかった経緯を記し、鹿児島衆の実見を証跡とした四名連署の差出。

登場人物
日高十兵衛・有馬久右衛門・藤井助四郎・友野七郎
宛先
戦功確認の関係者
キーワード
日高十兵衛、有馬久右衛門、藤井助四郎、友野七郎、有馬春之城、原城、本丸、先手、塀、槍、石打、連署差出
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 359連署戦功覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

日高正盛外三名連署差出

日高十兵衛尉正盛・有馬久右衛門・藤井助四郎・友野七郎の四人が、先手として原城本丸の屏に着き、屏越しに鑓を合わせた状況を届ける覚。ただし日高と有馬は鑓を合わせようとしたところ早く石打ちに遭い『無生ニ罷成』ったため、実際には鑓を合わせなかったと明記する。鹿児島衆が後方の岡から見たことを証跡とし、『薩摩壱番鑓合』と掲げる。二月二十九日付で市来八左宗友・新納加賀守忠清宛。編者注は『旧記雑録後編五』二一五九号文書と同文とする。

登場人物
日高正盛(日高十兵衛尉)・有馬久右衛門・藤井助四郎・友野七郎
宛先
市来八左様・新納加賀様
キーワード
日高正盛、日高十兵衛尉、有馬久右衛門、藤井助四郎、友野七郎、4人先手、原城本丸、屏、屏越鑓合、石打、無生ニ罷成、鑓合不実施、鹿児島衆、薩摩壱番鑓合、二月二十九日、市来八左宗友、新納加賀守忠清、旧記雑録後編五2159号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 405-1日高正盛城乗・石打負傷実見証文(藤井助四郎)旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤井助四郎実見証文

藤井助四郎が、寛永十五年二月二十八日の有馬原城落城時、日高十兵衛正盛が友野七郎・有馬久右衛門と一番に城乗し、屏際で敵の石打ちを受けて三間ほどの石垣から落ちながら名誉を遂げたことを、自身も同じく城乗して実見したとして、三月朔日に日高へ渡した証文。

登場人物
藤井助四郎
宛先
日高十兵衛尉(正盛)
キーワード
三月朔日、寛永十五年二月二十八日、有馬原城落城、一番城乗、屏際、敵方石打、三間石垣、転落、軍功、実見証文、藤井助四郎、日高十兵衛正盛、友野七郎、有馬久右衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 405-2日高正盛城乗・石打負傷実見証文(有馬純兵)旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

有馬純兵実見証文

有馬久右衛門尉(純兵)が、寛永十五年二月二十八日の有馬原城本丸落城時、日高拾兵衛正盛が友野七郎・藤井助四郎と先陣し、屏際で敵の石打ちを受けて三間ほどの石垣から落ちながら名誉を遂げたことを、自身も同じく城乗して実見したとして、三月朔日に日高へ渡した証文。

登場人物
有馬久右衛門尉(純兵)
宛先
日高拾兵衛尉(正盛)
キーワード
三月朔日、寛永十五年二月二十八日、有馬原城本丸落城、先陣、城乗、屏際、敵方石打、三間石垣、転落、実見証文、有馬久右衛門尉、純兵、日高拾兵衛正盛、友野七郎、藤井助四郎
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 405-3日高正盛城乗・石打負傷実見証文(友野七郎)旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

友野七郎実見証文

友野七郎が、寛永十五年二月二十八日の有馬原城落城時、日高十兵衛正盛が有馬久右衛門・藤井助四郎と一番に城乗し、屏際で敵の石打ちを受けて三間ほどの石垣から落ちながら名誉を遂げたことを、自身も同じく城乗して実見したとして、三月朔日に日高へ渡した証文。

登場人物
友野七郎
宛先
日高十兵衛尉(正盛)
キーワード
三月朔日、寛永十五年二月二十八日、有馬原城落城、一番城乗、屏際、敵方石打、三間石垣、転落、実見証文、友野七郎、日高十兵衛正盛、有馬久右衛門、藤井助四郎
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:24-17記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

『上井覚兼日記』天正十年十二月十七日条抄并猿渡氏考証

『上井覚兼日記』天正十年十二月十七日条から、野久美口で猿渡越中守が一番に攻め上がり、山田新助らと戦った記事を抄出する。敵数百人を討ち留め、家来も多数石打ちに遭いながら一番乗りを果たしたことを、日記に記された参加者と照合して考証する。

登場人物
猿渡越中守、山田新助、頴娃左馬助、川上上野助
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十年十二月十七日、猿渡越中守、野久美口、一番乗り、山田新助、頴娃左馬助、石打ち、合戦
後編2-No.168記録確認度 高

樺山紹剣自記

樺山紹剣が、豊後へ進む前提として岩屋城を攻めることになった経緯から、七月二十七日の総攻撃と落城までを回想する。城兵は石・長刀・鎗などで激しく防戦し、島津方も岸壁や城際で組み討ちとなって多数の死傷者を出した。配下の樺山忠助が重傷を負いながら退かず戦ったこと、各隊の攻撃位置や討死・負傷者、落城後の処置までを挙げ、岩屋城合戦の苛烈さを樺山家側から伝える。

登場人物
樺山紹剣、樺山忠助、高橋紹運、島津忠長、島津軍諸将
宛先
—
キーワード
樺山紹剣自記、樺山紹剣、樺山忠助、岩屋城、高橋紹運、総攻撃、岸壁、石打、長刀、鎗、組討、死傷者