SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

18 件 (全巻)/ 1–18件を表示

ページ 1 / 1

前編2-No.2055記事確認度 高

殉国名藪

大永六年十一月七日前後の帖佐方面の戦いで、鎌田政辰や島津安久・又七郎らが戦死した経緯と、邊川方への援軍・戦闘を記す記事。

登場人物
鎌田刑部左衛門尉政辰、島津実久、島津善左衛門尉安久、島津又七郎、邊川氏、岩本某
宛先
—
キーワード
殉国名藪、鎌田政辰、島津実久、島津安久、帖佐、邊川氏、戦死、大永六年
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w05:29-1申渡覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諏訪兼時・鎌田政辰連署申渡覚

諏訪兼時・鎌田政辰が祢寝八郎右衛門清雄へ、表方の御蔵入に加えて二之丸の御蔵入・知行方も惣郡座の差引とし、当年から担当するよう申し渡す。清雄の先の提案を表方老中・藩主に諮った上での決定で、二之丸知行方の用事は従例どおり二之丸へ申し出る。

登場人物
諏訪兼時・鎌田政辰、祢寝清雄
宛先
祢寝八郎右衛門清雄
キーワード
天和三年、祢寝清雄、二之丸、御蔵入、知行方、惣郡座
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w05:29-2申渡覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諏訪兼時・鎌田政辰連署申渡覚

諏訪兼時・鎌田政辰が物奉行へ、二之丸の御知行方を惣郡座の差引とした決定に沿って引き継ぎを行うよう命じる。これに伴い、江戸詰物奉行の加扶持を停止し、御蔵入方の筆者・井手代も不要とする。

登場人物
諏訪兼時・鎌田政辰、物奉行
宛先
物奉行
キーワード
天和三年、二之丸、惣郡座、物奉行、加扶持、筆者、井手代
追録1-No.1510記事旧記雑録暫定版確認度 高

綱貴帰国す

綱貴は同年八月十六日に江戸を発ち、家老町田忠代・使役平山忠知・鎌田政辰らと東海道を下る。勢州関で腹痛のため滞留療養し、九月四日に伏見、十六日に大坂から出船、十月十四日に出水脇元、十九日に船間島を経て二十二日に鹿城へ入る。禰寝孫左衛門清賢を帰国礼使として東都へ遣わし、白綸子二十巻・干鯛一箱・するめ(原字鰑形)一箱・御樽一荷を献じる。清賢自身も太刀・馬代・時服三を献じ、時服五を賜る。

登場人物
島津綱貴、町田忠代、平山忠知、鎌田政辰、禰寝清賢、徳川家綱
宛先
—
キーワード
綱貴、町田忠代、平山忠知、鎌田政辰、東海道、勢州関腹痛、伏見、大坂、脇元、船間島、鹿城、禰寝清賢、帰国礼使、白綸子二十巻、干鯛一箱、鰑形するめ一箱、樽一荷、清賢太刀馬代時服三、時服五拝領
追録1-No.1483記事旧記雑録暫定版確認度 高

綱貴参府す

父島津綱久の死去を知った島津綱貴が、諸侯交替の期により喪中ながら参府し、三月六日に国元を発ち、町田忠代らを伴って京泊から乗船、大坂・伏見を経て四月十六日に江戸へ着き、同二十八日に将軍徳川家綱へ拝謁した記事。

登場人物
島津綱貴、島津綱久、町田忠代、平山忠知、鎌田政辰、徳川家綱
宛先
—
キーワード
島津綱貴、島津綱久、町田忠代、平山忠知、鎌田政辰、参府、京泊、大坂、伏見、江戸、徳川家綱、拝謁、記事
追録1-No.1736記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴帰国記事

島津綱貴が延宝五年十月十三日に江戸を発ち、家老島津久馮らを従えて伏見・大坂・海路・日向細島を経て十一月十六日に鹿児島へ帰着し、帰国御礼の献上を行い、使者入来院重治が時服を賜った経過を記す記事。

登場人物
島津綱貴、島津久馮、鎌田政辰、伊東祐位、入来院重治
宛先
—
キーワード
島津綱貴、島津久馮、鎌田政辰、伊東祐位、入来院重治、帰国、江戸、伏見、大坂、細島、鹿児島、献上、時服、記事
追録1-No.1761記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴帰国記事

島津綱貴が延宝七年八月六日に帰国許可と下賜品を受け、十三日に江戸を発ち、大坂から出帆後に風雨で高城郡水引平島へ寄り、九月十五日に鹿児島へ到着し、久寧を礼使として江戸へ遣わして献上した経過を記す記事。

登場人物
島津綱貴、稲葉正則、鎌田政辰、高橋種十、島津久寧、徳川家綱
宛先
—
キーワード
島津綱貴、稲葉正則、鎌田政辰、高橋種十、島津久寧、帰国、江戸、大坂、水引平島、鹿児島、礼使、献上、記事
追録1-No.1771記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴参府記事

島津綱貴が延宝八年四月十四日に参勤のため鹿児島を発ち、町田忠貞らを従えて大坂・伏見を経て江戸へ入り、将軍家へ献上し、のちに御太刀・銀・時服などを拝領した行程を記す記事。

登場人物
島津綱貴、町田忠貞、肝付久兼、後藤政辰、高崎能冬、島津光久、徳川家綱
宛先
—
キーワード
島津綱貴、町田忠貞、肝付久兼、後藤政辰、高崎能冬、参府、鹿児島、大坂、伏見、江戸、献上、拝領、記事
追録1-No.1807記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴帰国記事

島津綱貴が大久保忠朝を上使として帰国許可と前例どおりの拝領品を受け、将軍へ謝礼した後、七月二十八日に江戸を発ち、大坂から船路・陸路を経て八月十九日に鹿児島へ帰着した経過を記す記事。

登場人物
島津綱貴、大久保忠朝、町田忠貞、鎌田政辰、高崎能冬、徳川綱吉
宛先
—
キーワード
島津綱貴、大久保忠朝、町田忠貞、鎌田政辰、高崎能冬、徳川綱吉、帰国許可、拝領品、江戸、大坂、細島、鹿児島
追録1-No.1859記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴参府記事

綱貴公御譜中に、天和四年二月五日に鹿児島を発ち、家老島津中務久輝・島津甲斐久武らが従ったと記す。同十二日に日州細島で乗船し、十八日に発船、二十七日に大坂、晦日に伏見へ着き、三月三日に伏見を発って十一日に参府、十六日に登営して太刀一腰・綿百抱(把カとの注)・馬代黄金十両を献じ、綱吉に拝見した。

登場人物
島津綱貴、島津久輝、島津久武、鎌田政辰、相良長清、徳川綱吉
宛先
—
キーワード
島津綱貴、島津久輝、島津久武、鎌田政辰、相良長清、徳川綱吉、参府、大坂、伏見、江戸、献上、拝謁
追録1-No.2081記事旧記雑録暫定版確認度 中

光久帰国ス

島津光久が隠居後に帰国の暇と拝領品を受け、江戸を発って家臣らと帰国し鹿児島の下屋敷へ入ったのち、島津久寧を江戸へ遣わして帰国を礼謝し、献上を行った記事。

登場人物
島津光久、島津久寛、種子島久時、鎌田政辰、大山広通、島津久寧
宛先
—
キーワード
島津光久、島津久寛、種子島久時、鎌田政辰、大山広通、島津久寧、帰国、下屋敷、礼謝、献上、記事
追録6-No.111記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪従四位上中将ニ叙任セラル

同月十三日、重豪が登城して白書院に赴くと、松平輝高・松平武元・松平康福・阿部正右が縁に連座し、輝高が台命を伝えた。琉球使節の来朝が将軍の意にかない、先例に従って従四位上・左近衛中将に叙任するとの旨で、重豪はこれを拝受した。続いて西城で奏者仙石越前守政辰に取り次ぎを受けて拝礼し、老中宅へ謝意を述べに赴いた。同日、琉使参府のため上使池田筑後守政倫を通じて二千苞の賜物があり、再び老中宅へ礼を述べた。賜物の品名字形は留保する。出典は御譜中。目録は記事で年月日欄を空欄とする。

登場人物
重豪、松平右京大夫輝高、松平右近将監武元、松平周防守康福、阿部伊予守正右、奏者仙石越前守政辰、上使池田筑後守政倫
宛先
—
キーワード
同月十三日、白書院、台命、琉使来朝、従四位上、左近衛中将、叙任、西城、奏者、老中宅、上使、二千苞、謝礼
追録6-No.1017記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪の帰国と謝恩使島津久前の江戸往還

同年三月二十二日、上使松平周防守康福が帰国許可を告げ、同日、大納言家基も阿部豊後守正允を芝の邸へ遣わして旨を伝えた。拝領品物は先例どおりで、重豪は老中の邸を廻って礼を述べた。二十五日に命により朝見し、黒書院で将軍家治から懇命を受け、馬を賜る。西城では奏者仙石越前守政辰へ謝し、同日、小松帯刀清香も先格により家老として贄を執り拝謁した。重豪は閏三月十五日に江府を発ち、家老山岡齋宮久澄、側用人島津登久連・関山軍兵衛金郷、近習役山田司明遠が供をした。東海道・伊勢路を経て四月朔日に大坂着、三日に大坂を発って播磨路を進み、五日に播州室へ泊まり、翌六日に乗船した。十三日に豊前大里、二十一日に薩州出水へ入り、二十五日に鹿城へ帰着した。同日、謝恩のため島津助之丞久前を江府へ遣わす。久前は薩府を発って西海・山陽・東海の三駅を経、五月二十八日に江府着。六月朔日に執政松平右近将監武元・阿部豊後守正允の邸へ赴き、記事は三連署への挨拶等を記す。七月朔日に命に応じて登営し、白書院で家治に拝謁して献物を奉じ、重拝して退いた後、西城の檜間で阿部正允に物目録を呈した。四日に再び登営し、檜間で田沼主殿頭意次から復書を受け、家治から巻物二を賜った。さらに阿部正允の邸で回翰を受けた。七月十一日に久前は江府を発ち、同年九月二十八日に薩府へ還って復命した。重豪自身の帰国と、その後の謝恩使の奉使・帰還を区別して記録する。

登場人物
重豪、松平周防守康福、将軍家治、大納言家基、阿部豊後守正允、仙石越前守政辰、小松帯刀清香、山岡齋宮久澄、島津登久連、関山軍兵衛金郷、山田司明遠、島津助之丞久前、松平右近将監武元、田沼主殿頭意次
宛先
記事のため独立宛書なし
キーワード
帰国許可、朝見・拝領、帰国経路、謝恩使、献物・復書、復命
追録6-No.1600式次第旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪登城御礼伺候次第

三月十二日、今朝五半時に供を揃えて登城した御礼の次第。御用番は田沼主殿頭、奏者番は仙石越前守で、謁見前に大廊下へ大目付正木志摩守・伊藤伊勢守が出て、別紙の名書にある者は謁見後に白書院縁頬で仰渡しがあるので居残るよう主殿頭からの指示を伝える。手扣の書付で各席へ知らせ、謁見後は桜の間の杉戸涯口へ寄るよう重ねて指示し、居残りのない者は早く退出させる。謁見後、杉戸の際に寄ると大目付が会釈し、白書院縁頬へ席ごとに一同出座、老中列居の中で主殿頭から別紙の書付どおりに仰渡され、礼を述べて退座する。伊勢守は再び礼の心得を尋ね、記録中の「私」と上杉弾正大弼は列席の礼だけで別段の礼をしない先例であるが、このときは格別の仰渡しなので両人ともどう礼をすべきか、御用番へ尋ねて知らせるという。追って、このときの御用番へ一同礼に来るよう伝えられ、すぐに赴いて記載の口上を述べたとする。口上は、中陰中に懈怠なく出仕したことが上聞に達し、機嫌との上意を伝えられたのをありがたく思い、礼のため伺公したというもの。節句以外は服紗小袖・半袴を着用すると付す。

登場人物
重豪の文脈の「私」、御用番田沼主殿頭、奏者番仙石越前守(政辰の原注)、大目付正木志摩守(康値の原注)・伊藤伊勢守(忠勤の原注)、上杉弾正大弼、老中・列席者(無名)
宛先
独立宛所記載なし
キーワード
三月十二日五半供揃、居残り名書、白書院縁頬、桜の間杉戸涯口、大目付、上意、列席礼と別段御礼、上杉弾正大弼、御用番、服紗小袖半袴
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w1:10系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

鎌田政香家略系図

田布施士・篠原諸左衛門政盛家の庶流にあたる鎌田政香家の略系図。鎌田氏四代清重の二男・篠原清時から十代、篠原政明の二男に発する一流とし、政実は嗣子のない鎌田家へ婿養子として入り、実は上井薫兼の五男で上井覚兼の弟だったと記す。政徳・兼安以下の出生・没年、鬼塚・鎌田・曽木・義岡・伊集院諸家との養子縁組、婚姻をたどり、馬越・清水・小林、田布施・串木野、郡山・平松・中郷・坊津・清敷・帖佐などの地頭職、御使役・近習役を列記する。政親は島津綱貴・光久に近侍し、政興は島津吉貴から名・詞花集・伽羅三種と二重十文字紋を拝領して大御目付役を務め、寛保三年の隠居時に政恒が家督を継いだ。

登場人物
篠原政盛、鎌田清重、篠原清時、篠原政明、鎌田政実、上井覚兼、上井薫兼、鎌田政徳、鎌田兼安、鎌田秀吉、鎌田政光(政有)、鎌田政喬、鎌田政吉、鎌田政武、鎌田政辰(政方)、鎌田政平(正友)、鎌田政親、鎌田政信、鎌田政興、鎌田政恒、島津綱貴、島津光久、島津吉貴、伊集院久東
宛先
—
キーワード
鎌田政香家、篠原政盛、篠原清時、鎌田政実、上井覚兼、婿養子、地頭職、御使役、近習役、島津吉貴、詞花集、伽羅三種、二重十文字紋、大御目付役、鎌田政恒、家督相続
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w15:14-1楮・桑植付申渡旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諏方兼時・鎌田政辰連署申渡覚

楮・桑などの植付けをめぐる申渡し。各郷で植木を育て、苗木を配り、必要な場合には役人に申し出るよう伝える。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
―
キーワード
天和三年、楮、桑、植付け、郷
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w15:14-2江戸物奉行申渡旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諏方兼時・鎌田政辰連署申渡覚

江戸からの物奉行関係書付を諸郷へ伝え、楮・桑などを植える際の扱いと数量の申出を求める。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
―
キーワード
天和三年、江戸、物奉行、植木、申出
追録1-No.1194記事旧記雑録暫定版確認度 中

浦廻巡見使領内ヲ巡視ス

同年六月七日からの幕府浦廻上使高林又兵衛貞義・向井八郎兵衛正興の領内巡行を記す。日向福島を経て志布志へ入り、光久は岩切六右衛門信吉・相良民部左衛門頼常を郷導、歩行十四人、船奉行鎌田五太夫政辰、殿役奉行谷山平左衛門忠宣が率いる荷担人馬等を手配する。内之浦・大泊・佐敷・小根占・高洲・垂水・桜島・福山・加治木・脇本・鹿児島・喜入・山川などの泊休・迎接を記し、鹿籠・片浦・白木野・阿久根・長島等を経て二十五日に米之津から肥後へ出船する。郷導・挽舟・乗船を継送し接待する。

登場人物
島津光久、高林又兵衛、向井八郎兵衛、岩切六右衛門、相良民部左衛門ほか
宛先
宛先なし(譜中記事)
キーワード
浦廻上使、高林貞義、向井正興、岩切信吉、相良頼常、歩行十四人、船奉行鎌田政辰、殿役谷山忠宣、担負人馬、郷導、沿岸旅程、泊休、米之津、肥後、挽舟、継送