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追録6-No.1017記事旧記雑録暫定版・確認中

島津重豪の帰国と謝恩使島津久前の江戸往還

記事中同年三月二十二日~九月二十八日(目録は安永二年)/原整理番号 1017/整理ID 1017

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

同年三月二十二日、上使松平周防守康福が帰国許可を告げ、同日、大納言家基も阿部豊後守正允を芝の邸へ遣わして旨を伝えた。拝領品物は先例どおりで、重豪は老中の邸を廻って礼を述べた。二十五日に命により朝見し、黒書院で将軍家治から懇命を受け、馬を賜る。西城では奏者仙石越前守政辰へ謝し、同日、小松帯刀清香も先格により家老として贄を執り拝謁した。重豪は閏三月十五日に江府を発ち、家老山岡齋宮久澄、側用人島津登久連・関山軍兵衛金郷、近習役山田司明遠が供をした。東海道・伊勢路を経て四月朔日に大坂着、三日に大坂を発って播磨路を進み、五日に播州室へ泊まり、翌六日に乗船した。十三日に豊前大里、二十一日に薩州出水へ入り、二十五日に鹿城へ帰着した。同日、謝恩のため島津助之丞久前を江府へ遣わす。久前は薩府を発って西海・山陽・東海の三駅を経、五月二十八日に江府着。六月朔日に執政松平右近将監武元・阿部豊後守正允の邸へ赴き、記事は三連署への挨拶等を記す。七月朔日に命に応じて登営し、白書院で家治に拝謁して献物を奉じ、重拝して退いた後、西城の檜間で阿部正允に物目録を呈した。四日に再び登営し、檜間で田沼主殿頭意次から復書を受け、家治から巻物二を賜った。さらに阿部正允の邸で回翰を受けた。七月十一日に久前は江府を発ち、同年九月二十八日に薩府へ還って復命した。重豪自身の帰国と、その後の謝恩使の奉使・帰還を区別して記録する。

登場人物

重豪、松平周防守康福、将軍家治、大納言家基、阿部豊後守正允、仙石越前守政辰、小松帯刀清香、山岡齋宮久澄、島津登久連、関山軍兵衛金郷、山田司明遠、島津助之丞久前、松平右近将監武元、田沼主殿頭意次

宛先

記事のため独立宛書なし

キーワード

帰国許可、朝見・拝領、帰国経路、謝恩使、献物・復書、復命

冊子頁

362~363頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

原文を確認

(3)310~450頁(明和9~安永4).pdf