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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
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半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

11 件 (全巻)/ 1–11件を表示

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後編1-No.960文書確認度 中

島津氏老臣連署状

伊集院忠棟・平田光宗・喜入季久が土持親成へ、旧来の幕下筋として本領回復を望んだことを受け、まず日向国の石塚と三か名百町余を与え、時機を見て門川の城・所領と振り替えて必ず宛行うと約した連署状。本文年紀は天正六年正月二十四日と読める。

登場人物
伊集院忠棟、平田光宗、喜入季久、土持親成
宛先
土持親成
キーワード
島津氏老臣連署状、土持親成、伊集院忠棟、平田光宗、喜入季久、石塚、三か名百町、門川、所領宛行、年次欠字
後編1-No.962文書確認度 高

吉岡鑑輿書状

吉岡鑑輿が土持親成へ、日向錯乱後も大友方への報告がなく、土持相模守を島津家へ遣わしたと聞いて懸念を表す。相模守を帰国させ、親類とともに豊後へ参上して薩摩方の事情を詳しく言上し、島津勢が出動すれば直ちに応戦して忠節を示すよう勧めた。

登場人物
吉岡鑑輿、土持親成、土持相模守、島津氏、大友氏
宛先
土持親成
キーワード
吉岡鑑輿書状、土持親成、土持相模守、日向錯乱、島津氏、大友氏、豊後参上、忠節要求
後編1-No.963文書確認度 高

佐伯宗天書状

佐伯宗天が土持親成へ、日向錯乱について報告せず土持相模守を島津方へ遣わしたことを不審とし、親類を添えて相模守を豊後へ参上させ、薩摩方の形勢を報告するよう求めた。島津勢が動けば早々に応戦して忠節を示すことが家の長久につながると説く。

登場人物
佐伯宗天、土持親成、土持相模守、掃部助、吉岡鑑輿、島津氏
宛先
土持親成
キーワード
佐伯宗天書状、土持親成、土持相模守、日向錯乱、島津氏、豊後参上、応戦、忠節要求
附録1-No.1034文書確認度 高

土持親成書状

土持親成が伊集院右衛門大夫へ、豊州から南蛮国へ派遣された船が帰帆時に島津領内で風破したことを伝える。両国関係を損なわぬよう船と積荷の処置を求め、豊州へ戻った後の補償・調整にも協力を願った書状。

登場人物
土持親成、伊集院右衛門大夫、豊州、南蛮国
宛先
伊集院右衛門大夫殿
キーワード
土持親成、伊集院右衛門大夫、豊州、南蛮国、御船、帰帆、風破、積荷、補償、十二月六日
附録1-No.1036文書確認度 中

土持親成書状

土持親成書状。掲載頁では本文を再録せず、『旧記雑録後編』所収文書と同文である旨のみを注記する。巻末目録の年月日・分類・標題を採用し、本文内容は参照先に委ねられている。

登場人物
土持親成
宛先
(掲載本文省略)
キーワード
土持親成、十二月廿六日、旧記雑録後編、同文、本文省略
後編1-No.1044記事確認度 高

日向記

県領主土持親成は従来豊後の指揮下にあったが、島津方の内略を受けて島津へ出仕した。このため豊後と三城の往来が断たれ、土持勢が三城近辺まで動いたので、二月二十三日に門川方が県へ出撃し、物頭五人まで討ち取って豊後へ勝利を報告した。

登場人物
土持親成、大友義統、門川衆
宛先
—
キーワード
日向記、土持親成、県、島津方、豊後、三城、門川、二月二十三日、物頭討取、通路断絶
後編1-No.1045記事確認度 高

日向記

豊後と日向門川の通路が自由にならないため、大友方は土持一族を討つと決め、四月十五日に大軍で梓山を越え、夏田の村社ヶ原へ陣を取った。門川から新名方面へ進んで南口から攻め、土持親成を生け捕りにして豊前へ流した。

登場人物
土持親成、大友氏、門川衆
宛先
—
キーワード
日向記、土持親成、大友氏、門川、梓山、夏田、村社ヶ原、新名、四月十五日、生捕、豊前配流
後編1-No.952記事確認度 高

島津国史

天正六年の島津氏の動向を編年で記す。年初の日向諸氏からの服属・進物、石城をめぐる攻防と土持氏の滅亡、琉球との進物往来を載せる。十月以降は伊東氏復帰を掲げた大友軍の高城攻め、耳川合戦での島津方の大勝と大友軍の多数の戦死・溺死、日向再平定を詳述し、年末には足利義昭・毛利氏による大友攻撃構想への返書を収める。

登場人物
島津義久、島津義弘、島津家久、島津忠長、伊集院忠棟、土持親成、大友宗麟、伊東義祐
宛先
—
キーワード
島津国史、天正六年、土持親成、石城、高城合戦、大友宗麟、伊東義祐、耳川合戦、日向再平定、足利義昭、毛利氏
後編1-No.1041記録確認度 高

日州御発足日々記

天正六年正月から三月十九日までの日記。年始儀礼、土持・天草・相良らの祝使、伊東旧臣の移配と所領処分、日向諸城・寺社への対応、豊後側の侵攻情報と番衆配置を記す。二月以降は門川への豊後船到来、三城・三納方面の動揺、海江田衆の反乱鎮圧、穂北での伏兵準備など国境警備を強化し、義久が都於郡から鹿児島へ帰陣するまでを載せる。

登場人物
島津義久、島津義弘、島津家久、土持親成、新納忠元、伊集院忠棟、上井覚兼、大友宗麟ほか
宛先
—
キーワード
日州御発足日々記、天正六年、年始儀礼、土持親成、天草氏、相良氏、伊東旧臣、豊後侵攻情報、三城、海江田反乱、国境警備、帰陣
後編1-No.1244文書確認度 高

八木正信書状

八木正信が土持弾正忠らへ、先年の親成と相州の懇切を後代の証とし、両家に諸役が命じられる際は親成・久綱の一筋を左、正信の一筋を右に置き、他の土持名字より公儀上の上位とするよう求めた書状。

登場人物
八木正信、土持親成、土持久綱
宛先
土持弾正忠・一門衆
キーワード
八木正信書状、土持弾正忠、土持親成、土持久綱、名字、諸役、左右、家格、後代証文
後編1-No.1422記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十二年五月二十二日から二十九日までの日記。折宇迫湊口の普請後に宮崎へ帰り、吉野牧の駒を拝領した。秋月種実から龍造寺との和睦仲介に関する弁明書状を受け、返書を作成したほか、築地上屋普請のため諸地頭を招集する命令、御頭役、山伏の護摩・入峯をめぐる紛議、上洛者の通行依頼などを記す。

登場人物
上井覚兼、秋月種実、税所篤和、伊集院忠棟、本田親貞、土持親成、和田江左衛門尉、善哉坊、大乗坊、野村重綱
宛先
宮崎、折宇迫、石坂寺、鹿児島、美々津
キーワード
上井覚兼日記、折宇迫、宮崎、吉野駒、秋月種実、龍造寺和睦、築地普請、御頭役、山伏、入峯、通行依頼