飯米賦渡送状抄
11月28日 / 冊子 433頁/原整理番号 405の4
十一月二十八日付送状の抄録。舟頭早右衛門に赤米二斗、加子六人に九斗を掲げる。天草行きに市来湊から仕立てた六端帆一艘、舟頭・水手計七人の同日以後二十日分とし、以下は前文書と同じとして季安が省略する。
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11月28日 / 冊子 433頁/原整理番号 405の4
十一月二十八日付送状の抄録。舟頭早右衛門に赤米二斗、加子六人に九斗を掲げる。天草行きに市来湊から仕立てた六端帆一艘、舟頭・水手計七人の同日以後二十日分とし、以下は前文書と同じとして季安が省略する。
元治元年4月(礼物書末尾) / 冊子 359~361頁/原整理番号 520/整理ID 520
島津大隅守源久光の従四位上・左近衛権中将昇進に係る礼物の書付。従四位上成と中将成を別欄とし、禁裏御所、上臈・長橋御局、大御乳人と執次、親王御方、高松御局と乳人、准后御方、於八百・於五百御方、内侍所、上卿・職事、位記・御請印・中務省等、主鈴・副使・雑掌・傳奏へ贈る礼物を列記する。例えば叙位の禁裏には黄金一枚、中将任官の禁裏には太刀馬代黄金二枚を記す。黄金・銀子・白銀を枚・両・目・文目で表し、右同断や宛の指示、本マの注を持つ。末尾に請取って差し上げるよう求め、元治元年四月と、各公卿殿家の担当名・印形表示、川上式部宛名を収める。品目・単位と対象を個別に示す一覧で、実際の支払済額は確定できない。
文政3年(同包の包紙記録による。本文に年月日なし) / 冊子 590頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書1771-2
松平豊後守宛の六か条の指図。以後、年始は正月2日に白書院で礼を申し上げ、父溪山の時の通り出向く。月次は黒書院の敷居の内へ出て、奏者番の披露により礼を申し上げ、直ちに退座する。ただし松平越前守の次に出ると記す。五節句は白書院の敷居の内へ出て同様に披露の上で礼を申し上げ、直ちに退座する。ここにも右同断の但書を付す。八朔は白書院で、太刀を持参する。若菜の礼にも登城する。礼事その他の謁見場所は父溪山の時の通りとする。右一通とし、口裏には大目附とある旨の注がある。文政三年はNo.1771-3に付く三通同包の記録による整理で、本文に年月日はない。正月2日は今後の年始の礼を行う日であり、この指図の作成日とは扱わない。
天保2年4月18日を含む(本文。冒頭の昇進祝い記事は日付なし) / 冊子 876~877頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書2458
重豪公御譜中の覚書。春の位階昇進後に来客が続き、招いた人々の前での余興や、庭の茶屋での動きを記し、森山安藝守・牧野敏負・嶋津又吉郎らの姓名を列挙する。続く四月十八日には右同断の祝儀で客を迎え、家老と御用人、医師らの立合いのもと見舞や休息所での吸物・銚子、外庭の案内などを記す。本文は冊子876~877頁にわたる。