SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

5 件 (全巻)/ 1–5件を表示

ページ 1 / 1

前編2-No.1157文書確認度 中

肝付兼政・兼直連署契状

肝付兼政・兼直が山田殿へ、世情が変転しても島津好久のため一味同心して奉公し、無理な訴えには同調せず、境目所務などの紛争では互いに相談・協力し、大小の事を隠さず伝えることを神仏に誓った連署契状。本文年紀は『永享六年六月廿三日』。

登場人物
肝付守兼政(花押)、伴兼直(花押)、島津好久
宛先
山田殿
キーワード
肝付兼政、伴兼直、島津好久、山田氏、一味同心、奉公、訴訟、境目所務、相互扶助、神罰、連署契状、年紀異同
追録2-No.91知行所書出旧記雑録暫定版確認度 高

日向国代官所領書出

日向国の御代官所之覚写として、宮崎郡・那珂郡・諸県郡の村々を列記する。庵屋村・船引村の別記・合記の扱いを、郷村帳・内証・郷帳・割付との関係で注記する。那珂郡の江田・新別府・吉・下別府などには郷村帳上の郡所属との異同を付し、同名の南方村についても領主・所在の注記を記す。松永村は郷村帳に見えないと注記する。元禄十年丑六月、今井九右衛門印で、兼直の傍注がある。

登場人物
今井九右衛門(兼直)
宛先
—
キーワード
日向国、御代官所之覚写、宮崎郡、那珂郡、諸県郡、庵屋村、船引村、郷村帳、内証、郷帳、割付、郡所属異同、南方村、松永村、今井九右衛門、兼直傍注
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:62系図・鹿屋氏と伴姓諸流旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

鹿屋氏系図

鹿屋氏を天智天皇・大友親王から伴姓の余那足・善名・善男へつなぎ、仲用・仲兼・兼遠・兼行以下の多くの枝を図示した系図。善男の嘉祥3年の流罪、兼永が高城で宮方の攻撃を受け兄弟らと討死した記事、兼雄の鹿屋院長谷山城での合戦、忠兼の島津殿惣奉行・鹿屋下城の奪取など、系線に軍事・奉公記事を添える。兼好の加治木・千本などでの合戦と河野辺内五町の給付、兼直の平田との関係と弟の子の猶子化、兼健が幼時に伯父兼直の養子となり高隈を領した経緯、兼家の鹿屋での討死も記す。女性の新納氏・祢寝氏への婚姻、伯父から三俣院を譲られた兼重、鹿屋・肝付・河内・平田などへ広がる諸流の官途・法名・養子・没年を収める。これらは各人物に付された系図上の伝承・注記であり、成立年月日や一つの発給行為を示す文書ではない。

登場人物
天智天皇、大友親王、余那足、善名、善男、仲用、仲兼、兼遠、兼行、兼永、兼雄、忠兼、兼好、兼直、兼賢、兼健、兼幸、兼家、兼重、兼久、兼国、兼俊、兼宗ほか鹿屋・肝付系諸流
宛先
なし(系図)
キーワード
鹿屋氏系図、天智天皇、大友親王、伴姓、余那足、善男、嘉祥3年流罪、兼永、高城、兼雄、鹿屋院長谷山城、忠兼、島津殿惣奉行、鹿屋下城、兼好、加治木、千本、河野辺五町、兼直、平田、兼健、高隈、兼家討死、新納氏、祢寝氏、兼重、三俣院、分流、婚姻、養子、官途、法名
追録7-No.828証状旧記雑録暫定版確認度 高

黄檗山万福寺僧証票(千眼禅寺末寺編入)(原本・目録828)

票と題し、薩摩州鹿児嶋郡万徳山千眼禅寺の開山は若沖禅師、現住は大幻禅師とする。檀命を承け、当寺を本山に送り入れて永く末寺とすることは、既に堂頭頂和尚の允許を蒙ったので、後に憑拠がないことを避けてこれを照として立てると記す。文化2年歳次乙丑11月吉旦給、黄檗山朱印。署列は知客大休・監寺全之・知客雙中、兼直歳の丈侍恢天・兼副司の丈侍東岳・兼衣鉢の丈侍玄道の六名で、各朱印を表示する。出典は重豪公御譜中、正文在千眼寺、署列は冊子258頁上段へ続く。前827の末寺願と、本票の允許を受けた証明を区別し、吉旦を特定日に補わない。

登場人物
千眼禅寺開山若沖禅師、現住大幻禅師、堂頭頂和尚、知客大休、監寺全之、知客雙中、兼直歳丈侍恢天、兼副司丈侍東岳、兼衣鉢丈侍玄道
宛先
千眼禅寺(証票の対象、独立宛名なし)
キーワード
票、万徳山千眼禅寺、若沖開山、大幻現住、檀命、本山永為末寺、堂頭頂和尚允許、証照、黄檗山六僧朱印
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:63系図・伴姓鹿屋氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伴姓鹿屋氏系図

天智天皇・大友親王から伴姓の善名・善男を経て鹿屋氏に至る系線を掲げ、兼俊を肝付城高山の領主、兼任を萩原、俊貞を安楽、行俊を和泉、兼高を梅北とする諸分流を図示する。宗兼が父兼石から鹿屋院の弁済使職を譲られ、鹿屋を家号としたという名字の由来が中心記事で、日州三俣院の領主領阿との関係も記す。永和の乱に宮方へ属した兼永と高城での戦死、兼雄の鹿屋院長谷山城での戦闘、忠兼の島津元久の家老職、兼好の加治木・千本方面での軍功、幼い兼健が伯父兼直の養子となり平田兼宗の口添えなどを経て高隈を領した経緯を添える。弘治2年8月17日の日州国合原の北郷氏・肝付氏戦では肝付氏に加勢した兼豊が戦死し、幼い兼清は鹿屋を離れて日州志布志に住んだことも記載する。後半は日州・隅州の地頭職、改名・法名、婚姻・養子と各家への分岐を追い、元禄・正徳・享保・宝暦・安永期の出生・死亡・居所まで記す。系図中の古い祖系・軍歴は本文に記された家伝として扱い、文書全体の成立年とは区別する。

登場人物
天智天皇、大友親王、善名、善男、兼俊、兼任、俊貞、行俊、兼高、兼石、宗兼、兼永、兼雄、忠兼、兼好、兼賢、兼健、兼幸、兼豊、兼清、兼方、兼治、兼明、兼次、兼平、兼澄、兼庸ほか鹿屋氏諸流
宛先
なし(系図)
キーワード
伴姓鹿屋氏系図、天智天皇、大友親王、善名、善男、兼俊、肝付城高山、萩原、安楽、和泉、梅北、宗兼、鹿屋院弁済使職、鹿屋家号、領阿、三俣院、永和の乱、宮方、高城、兼雄、長谷山城、忠兼、島津元久家老、兼好、加治木、千本、兼健、兼直、平田兼宗、高隈、弘治2年8月17日、国合原、北郷氏、肝付氏、兼豊戦死、兼清、志布志、地頭職、養子、婚姻、近世家系