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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:63系図・伴姓鹿屋氏旧記雑録拾遺暫定版・確認中

伴姓鹿屋氏系図

成立年未詳(系譜内に嘉祥3年~安永8年の記事)/原整理番号 63

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

天智天皇・大友親王から伴姓の善名・善男を経て鹿屋氏に至る系線を掲げ、兼俊を肝付城高山の領主、兼任を萩原、俊貞を安楽、行俊を和泉、兼高を梅北とする諸分流を図示する。宗兼が父兼石から鹿屋院の弁済使職を譲られ、鹿屋を家号としたという名字の由来が中心記事で、日州三俣院の領主領阿との関係も記す。永和の乱に宮方へ属した兼永と高城での戦死、兼雄の鹿屋院長谷山城での戦闘、忠兼の島津元久の家老職、兼好の加治木・千本方面での軍功、幼い兼健が伯父兼直の養子となり平田兼宗の口添えなどを経て高隈を領した経緯を添える。弘治2年8月17日の日州国合原の北郷氏・肝付氏戦では肝付氏に加勢した兼豊が戦死し、幼い兼清は鹿屋を離れて日州志布志に住んだことも記載する。後半は日州・隅州の地頭職、改名・法名、婚姻・養子と各家への分岐を追い、元禄・正徳・享保・宝暦・安永期の出生・死亡・居所まで記す。系図中の古い祖系・軍歴は本文に記された家伝として扱い、文書全体の成立年とは区別する。

登場人物

天智天皇、大友親王、善名、善男、兼俊、兼任、俊貞、行俊、兼高、兼石、宗兼、兼永、兼雄、忠兼、兼好、兼賢、兼健、兼幸、兼豊、兼清、兼方、兼治、兼明、兼次、兼平、兼澄、兼庸ほか鹿屋氏諸流

宛先

なし(系図)

キーワード

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冊子頁

561~566頁

読込量

特大

面白さ

★★★★★

原文を確認

(3)383~603頁(諸家系図文書1~3).pdf