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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

10 件 (全巻)/ 1–10件を表示

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後編1-No.188記事確認度 高

島津貴久譜

真幸院の北原兼守死後、家臣団が分裂して政道が乱れ、踊城主白坂氏や栗野・吉松・吉田・馬関田が島津方へ従った経過を記す。横川城の北原伊勢介・新介は従わず、島津方は義弘を真幸院へ進出させ、伊東・相良両氏の介入に備えた。

登場人物
島津貴久、島津義弘、北原兼守、白坂美濃守、北原伊勢介、北原新介、伊東義祐、相良氏
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、真幸院、北原兼守、白坂氏、横川城、北原伊勢介、島津義弘、伊東氏、相良氏
後編1-No.213記録確認度 高

箕輪伊賀自記

北原兼守死後に真幸院の家中が分裂し、白坂氏らが島津方へ従った経過を記す。島津方は六月三日に横川城を攻め、北原伊勢守・新助が妻子を自ら討ったのち城外で戦死し、島津勢が城を落として横川を菱刈氏へ恩賞として与えた。

登場人物
島津貴久、島津義弘、島津歳久、北原兼守、北原伊勢介、北原新助、白坂美濃守、本田刑部丞、瀧聞美作守
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、真幸院、北原兼守、横川城合戦、北原伊勢守、島津義弘、島津歳久、菱刈氏
後編1-No.215記事確認度 高

島津義弘譜

北原兼守死後の家督争いで伊東義祐が真幸院へ介入し、北原兼親が球磨へ逃れたのち、白坂氏・樺山玄佐・相良氏の支援で飯野へ復帰した経過を記す。大川平氏の防戦と今城築城、島津方と伊東方の境界が不安定になった事情も詳述する。

登場人物
島津義弘、北原兼守、北原兼親、伊東義祐、白坂佐渡介、樺山玄佐、大川平氏、相良氏
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、真幸院、北原兼守、北原兼親、伊東義祐、飯野、大川平城、今城、相良氏
後編1-No.218記事確認度 高

新納忠元譜

真幸院主北原兼守の死後、横川城に拠って島津方へ背いた北原兼正を討つため、永禄五年六月三日に義弘らが出陣した。新納忠元は伊集院久春と先登し、城門で槍を振るって負傷しながら城を陥落させた。

登場人物
新納忠元、伊集院久春、北原兼守、北原兼正、島津義弘、島津貴久
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、永禄五年、横川城合戦、新納忠元、伊集院久春、北原兼正、先登、槍、負傷
後編1-No.221記事確認度 高

新納忠元勲功記

真幸院主北原兼守の死後、北原兼正が横川城に立て籠もったため、永禄五年六月に島津方が攻撃した。歳久を大将とする軍勢の中で、新納忠元は伊集院久春と先登し、城戸で槍を合わせて城を攻め落とした戦功を記す。

登場人物
新納忠元、伊集院久春、島津貴久、島津歳久、北原兼守、北原兼正
宛先
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キーワード
新納忠元勲功記、永禄五年、横川城合戦、新納忠元、伊集院久春、島津歳久、北原兼正、先登、槍
前編1-No.397文書確認度 中

忠兼申状

地頭兼守護所僧忠兼が、薩摩郡内平礼石寺座主忠兼解を受け、寺領四至内の雑事・公事免除を先例と旧証文に基づき認めるよう申した状。寺領への地頭方の妨げを退けることも求める。

登場人物
地頭兼守護所僧忠兼・薩摩国薩摩郡内平礼石寺座主ほか
宛先
薩摩国薩摩郡・平礼石寺
キーワード
忠兼申状、平礼石寺、寺領四至、地頭兼守護所、雑事免除、旧証文
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0048勲功記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元勲功記

北原兼守の死後に兼正らが横川城へ籠もったため、島津方が攻めた時の忠元の働きを記す。伊集院久春が先に登り、忠元は城門で槍を用いて戦い、城は陥落した。別の記事では伊集院元巣と城戸口で戦った際の負傷や、溝辺に貴久が滞在した時に両人を派遣したことも記し、攻城での忠元の功を伝える。

登場人物
新納忠元、北原兼守、北原兼正、島津貴久(大中)、義弘(兵庫君)、義久(松齢)、伊集院久春(源助、元巣)
宛先
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キーワード
新納忠元勲功記、北原兼守の死、横川の籠城、六月三日の攻城、先登、槍戦、城戸での戦い、負傷
後編1-No.212記録確認度 高

樺山玄佐自記

北原兼守死後の真幸院で、樺山玄佐と白坂氏らが球磨から北原兼親を迎え、馬関田を奪って飯野へ入れた経過を詳述する。島津方は横川城を攻略して菱刈氏へ与え、北原兼親から栗野を献上させ、相良方の番衆を帰国させて飯野を守備した。

登場人物
樺山玄佐、島津貴久、島津義久、北原兼親、北原伊勢介、白坂佐渡介、白坂下総介、相良氏、菱刈氏
宛先
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キーワード
樺山玄佐自記、真幸院、北原兼親、飯野、馬関田、横川城、白坂氏、菱刈氏、栗野、相良氏
後編1-No.227記事確認度 高

島津歳久譜

北原兼守死後、白坂氏・樺山玄佐らが北原兼親を球磨から迎えて家督を継がせ、踊・栗野・吉松などを島津方へ従わせた経過を記す。永禄五年六月三日の横川城攻めでは歳久が義弘と大将を務め、城門へ攻め入って負傷した。

登場人物
島津歳久、島津義弘、島津貴久、北原兼親、北原伊勢介、北原新介、樺山玄佐、白坂氏、新納忠元、伊集院久春
宛先
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キーワード
島津歳久譜、北原兼親、真幸院、白坂氏、横川城合戦、島津歳久、島津義弘、新納忠元、負傷
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0008番号文書/大隅國司廳宣旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

現行表題(出所留保):大隅國司廳宣

留守所に対し、将軍家下文の旨に任せ、清忠を祢寢院内南俣の地頭職として沙汰するよう命じる大隅國司廳宣。 副下として将軍家下文を掲げる。 清忠が重代の上にあり、文書の理が分明であると述べ、早く当該下文に任せるべきとする。 年紀は建保五年十月で日数は記されず、宮内權大輔兼守藤原朝臣の花押を伴う。

登場人物
清忠
宛先
留守所
キーワード
國司廳宣、留守所、南俣、地頭職、重代、副下