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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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16 件 (全巻)/ 1–16件を表示

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附録2-No.1413文書確認度 高

島津久守証状

平山家が季久の二男忠康から近久・久丘・忠績へ女子相続を交えて正統に続くことを確認し、島津門族記録編纂に際して久正弟の座に定め、古譜を改め新譜を子孫へ伝えるよう命じた島津久守証状。

登場人物
島津久守、平山忠朝、平山季久、平山忠康、平山近久、島津久茂、新納久正
宛先
平山作太夫殿
キーワード
島津久守、平山忠朝、平山季久、平山忠康、平山近久、島津久茂、新納久正、門族記録、女子相続、古譜、新譜、系譜認定
後編5-No.309文書確認度 中

島津朝久一流系図

島津朝久を祖とする豊州家の系譜を示し、久賀・忠次・藤次郎・久守・久邦・久元らの続柄を図示する。注記では、書状中の藤次郎を久賀の長男とする。

登場人物
島津朝久、島津久賀、島津忠次、藤次郎、島津久守、島津久邦、島津久元ほか
宛先
—
キーワード
島津朝久、豊州家、島津久賀、藤次郎、島津久元、系図、系譜
追録1-No.44記事旧記雑録暫定版確認度 高

平山久守家系由緒

豊州家豊前守久守譜中の記事。久賀の命により、対馬守久清の出自、朝鮮渡海から関ヶ原までの義弘への奉公、右馬頭久武の戦死後に久清を後継とした経緯を述べる。島津氏の支流ではなく平山を称する者も多く、姓氏の同異を知る者は少ないとして、その疑義を裁定した左近将監久守の証書と久清の記を掲げる。

登場人物
島津義弘、島津久賀、島津久清、島津久守、平山氏
宛先
—
キーワード
島津義弘、島津久賀、島津久清、島津久守、平山氏、養子、系図、家系由緒
追録1-No.45文書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久守証状

島津久守が平山対馬入道へ出した正保二年十一月二日の証状。季久以下、忠康が平山を号した家系と、五代右馬頭久武が永禄二年四月十八日に日向松山城で戦死し、久次らも肝付方に殺され無嗣となった経緯を記す。義弘が松本主殿助に平山を継がせたこと、久賀が由来を問わせたことを述べ、現在平山を称していても忠康の子孫ではないとして、諱字と平山の称号を妄りに許すことはできないと証明する。

登場人物
島津久守、島津季久、修理亮忠廉、忠康、右馬頭久武、久次、島津義弘、松本主殿助、島津久賀、平山対馬入道
宛先
平山対馬入道
キーワード
島津久守、平山対馬入道、島津季久、久武、忠康、系譜、証状、日向松山城
追録3-No.1329文書旧記雑録暫定版確認度 中

義岡久守寄附状(涅槃書像)

義岡久守が彌勒院の大僧都慧英へ、吉貴と夫人による寺院再興に関わり、涅槃書像一幅を寄附し永く守護するよう伝える。

登場人物
義岡右京久守、島津吉貴、公御夫人、彌勒院大僧都慧英
宛先
彌勒院大僧都慧英
キーワード
義岡久守、彌勒院、涅槃書像一幅、寄附、寺院再興
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w02:5達書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久守・樺山久盈連署達書

島津久守と樺山久盈が蒲生の曖衆中に、狩代・雑石代の未進について、上使賄方と御旅代官付衆の帳面の写しをもとに首尾を報告するよう繰り返し命じたが、まだ済んでいないと指摘する。これ以上督促を重ねずに済むよう、厳しく申し渡して早急に報告させる五月二十六日付書状である。

登場人物
島津久守、樺山久盈、蒲生衆中、狩代関係者
宛先
蒲生衆中
キーワード
島津久守、樺山久盈、蒲生、狩代、雑石代、未進、賦帳、催促
追録3-No.1548文書旧記雑録暫定版確認度 中

比志島範房・義岡久守連署状

彌勒院再興に伴う不断護摩の執行費用について、銀の取り置きと年ごとの受渡し、護摩継続を伝える。

登場人物
比志島範房、義岡久守
宛先
彌勒院法印御房
キーワード
彌勒院、不断護摩、銀、比志島範房、義岡久守
追録1-No.79記事旧記雑録暫定版確認度 高

島津光久帰国す

島津光久が六月に薩摩西津へ着き、同月六日に鹿児島城へ帰着して島津左近久守へ謝礼を述べた記事。

登場人物
島津光久、島津久守
宛先
—
キーワード
島津光久、島津久守、帰国、薩摩、西津、鹿児島城
追録2-No.42連署書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久洪外三名連署書状

種子島久時・島津久當・島津久守・島津久洪が川崎祐身ら三名に、日向国絵図の件を早々に知らせてくれた礼を述べた連署書状。薩摩守の道中から、参府後に詳しく承り合わせて返答するとの連絡があったため、それまで返事が遅れることを断り、先に礼を伝える。

登場人物
種子島久時、島津久當、島津久守、島津久洪
宛先
川崎祐身、長倉祐定、伊東祐実
キーワード
種子島久時、島津久當、島津久守、島津久洪、川崎祐身、長倉祐定、伊東祐実、島津綱貴、日向国絵図、参府、返答、礼状
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:58系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東作太夫家系図

伊東作太夫家の系図。祐康は井尻を号し源兵衛を称し、祐能は孫右衛門として伊作久逸に仕え、加世田で戦死したと記す。傍注はその時を久逸が戦死した明応九年庚申十一月十一日であろうとする。祐秀は四郎左衛門で間瀬川に戦死。祐貞は伊賀守として日新公に仕え、天文七年戊戌に日州日知屋へ移って地頭となった。別系の祐盛は伊賀守で功があり、祐盈は太郎四郎を称して京都で没した。末尾の祐義は伊左衛門、寛永十一年生まれで母を仁礼蔵人の女とし、養子で実は喜入休右衛門久守の三男、伊東へ改号したと記す。島津光久の江戸下向時に平戸で没した。

登場人物
祐康、祐能、伊作久逸、祐秀、島津忠良(日新)、祐貞、祐盛、祐盈、祐義、仁礼蔵人、喜入休右衛門久守、島津光久
宛先
—
キーワード
伊東作太夫家系図、祐康、井尻、源兵衛、祐能、孫右衛門、伊作久逸、加世田戦死、明応九年十一月十一日、祐秀、四郎左衛門、間瀬川戦死、祐貞、伊賀守、日新公、天文七年、日州日知屋、移住、地頭、祐盛、有功、祐盈、太郎四郎、京都死去、祐義、伊左衛門、寛永十一年、仁礼蔵人女、養子、喜入休右衛門久守、三男、伊東改号、島津光久、江戸下向、平戸死去
追録2-No.45連署覚書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久洪外三名連署覚書

国絵図作製に伴う評定所での留守居召出し、絵図・郷帳の借用や差出し、紛失時の手続、改様の扱いについて、先例と担当者間の相調を示した返答の覚。

登場人物
種子島久時、島津久當、島津久守、島津久洪
宛先
頴娃丹波殿
キーワード
種子島久時、島津久當、島津久守、島津久洪、国絵図、郷帳、返答之覚
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 545-1記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

御役元基

寛永十九年十二月、城下士を初めて十組に分け、各組に組頭二名を置いた由来と、一番から十番までの組頭二十名を列記する。別に家老組一組を設け、島津弾正久慶・島津図書久通を与頭とした。寺社家組・諸役座組なども分け、合計二十六組を置いたと記す。目録年月日は空欄のため、本文の年月をB列へ補入しない。

登場人物
島津安芸久雄、新納四郎久辰、島津市正忠弘、佐多久四郎久孝、桂又十郎忠心、吉利下総忠張、島津左近久守、樺山又九郎久尚、町田出羽忠尚、種子島左近忠時、伊集院源助久立、島津美作久基、伊集院右衛門久国、川上上野運久、禰寝七郎重永、川上将監久将、鎌田又七郎政由、入来院伯耆重高、伊勢兵部貞昭、島津中務久茂、島津弾正久慶、島津図書久通
宛先
宛先記載なし
キーワード
御役元基、寛永十九年十二月、城下士、十組、組頭各二名、家老組、島津久慶、島津久通、寺社家組、諸役座組、合計二十六組、目録日付空欄
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0175系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

始良山氏系図

師久の次子久安から始め、始良・碇山を称した家の系譜を記す。久安の領地と碇山城への居住、忠安以下の官途、忠親の隅州生別府での戦死、久次の後を継いだ忠種の実家木脇氏を載せる。忠種に男子がないため児玉筑後守利昌の三男を迎えて始良氏を嗣がせたこと、父子の久賀隊への所属、忠種の死を記す。久包は実家喜入氏と母仁禮氏の系譜、出生、小姓奉公、納戸奉行・御近習役と領地頭職、綱久の病を看護した功による褒賞を記し、碇山姓を再び称した経緯と妻子へ続く。

登場人物
久安、忠安、光久、治久、祐久、久廉、久次、忠親、久近、忠種、久包、児玉筑後守利昌、島津家久、島津久賀、島津綱久、根占宗左衛門、木脇新次郎、喜入久守、仁禮蔵人頼
宛先
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キーワード
始良山氏系図、師久の次子、始良と碇山の称号、歴代の官途、戦死、忠種の養子、久包の実家、宗門と奉行役、綱久の看病と褒賞
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:49一向宗本尊の預け主への科銀に関する書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

喜入久守外二名連署廻状

永山村の市右衛門が萩原甚右衛門の名子の母の一向宗本尊を預かった件について、前の利銀は母方に科し、今回は預け主にも科銀を命じたと報告する。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
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キーワード
永山村、市右衛門、萩原甚右衛門、名子の母、一向宗本尊、科銀
追録1-No.195記事旧記雑録暫定版確認度 高

光久、秀忠の十七年忌に香奠を献す

台徳院秀忠の十七年忌が増上寺で営まれ、国許にいた島津光久が家臣島津久守を江戸へ名代として派遣し、香奠を供えた記事。

登場人物
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宛先
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キーワード
島津光久、徳川秀忠、島津久守、台徳院、十七年忌、増上寺、香奠