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追録1-No.45文書旧記雑録暫定版・確認中

島津久守証状

正保二年十一月二日/整理ID 旧記雑録追録1_文書0045

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

島津久守が平山対馬入道へ出した正保二年十一月二日の証状。季久以下、忠康が平山を号した家系と、五代右馬頭久武が永禄二年四月十八日に日向松山城で戦死し、久次らも肝付方に殺され無嗣となった経緯を記す。義弘が松本主殿助に平山を継がせたこと、久賀が由来を問わせたことを述べ、現在平山を称していても忠康の子孫ではないとして、諱字と平山の称号を妄りに許すことはできないと証明する。

登場人物

島津久守、島津季久、修理亮忠廉、忠康、右馬頭久武、久次、島津義弘、松本主殿助、島津久賀、平山対馬入道

宛先

平山対馬入道

キーワード

島津久守、平山対馬入道、島津季久、久武、忠康、系譜、証状、日向松山城

冊子頁

29~30頁

読込量

中

面白さ

★★★★★

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(1)口絵・序文・解題・例言・目次・本文1~166頁(正保2~慶安2).pdf