SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

10 件 (全巻)/ 1–10件を表示

ページ 1 / 1

後編4-No.365文書確認度 高

喜入久供外八名連署起請文

慶長十二年六月吉日、喜入久供ほか八名が別府舎人佑・高崎弥六に提出した連署起請文。弓箭の伝授を受けたことを身に余ることとしてありがたく受け止め、相弟子であっても重位の秘事を他言せず、日夜油断なく弓の修練に励み、指南者の中に別心の者がいれば知り次第言上することを誓う。違反時には、梵天・帝釈・四大天王以下、日本六十余州の神祇や新田八幡・開聞・霧島・稲荷・春日・愛宕山などの神罰・冥罰を受けるとする。

登場人物
喜入久供ほか八名、平田宗誠、堅山忠友、吉岡久綱、伊地知重康、平田宗弘、小野吉張、吉田清次
宛先
別府舎人佑、高崎弥六
キーワード
喜入久供、連署起請文、別府舎人佑、高崎弥六、弓箭、伝授、相弟子、重位、秘事、他言禁止、修練、指南者、別心、言上、神罰、冥罰、梵天、帝釈、四大天王、新田八幡、開聞、霧島、稲荷、春日、愛宕山
後編5-No.713文書確認度 中

喜入久供・三原重鏡連署書状

喜入久供・三原重鏡が国元家老衆へ、阿部豊後守が上使として家久に暇を伝え、白銀千枚と袷・単衣百領を下賜したことを報告し、近日の上京予定を知らせた連署書状。

登場人物
喜入久供、三原重鏡、島津家久、阿部忠秋、島津久慶、島津久元、川上久国
宛先
島津弾正大弼様・川上左近将監様・島津下野守様
キーワード
喜入久供、三原重鏡、島津家久、阿部忠秋、暇、白銀千枚、袷、単衣百領、上京、連署書状
附録1-No.257文書確認度 高

喜入久供寄進状

喜入久供が正八幡宮御宝前へ、国武銘の刀一振と脇指一振を奉納した寄進状。武運長久・子孫繁昌・領内安全・敬愛を祈願し、承応二年十二月吉日付で寄進の趣旨を明記する。

登場人物
喜入五郎兵衛藤原久供
宛先
正八幡宮御宝前
キーワード
喜入久供、正八幡宮、寄進、刀、脇指、国武、武運長久、子孫繁昌、領内安全
後編5-No.822文書確認度 高

島津家久供勢注文

島津家久が召し連れる人数を、乗馬二十騎と替馬十騎、陸の者百二十人、小者・中間・道具の者二百二十人、その他の小者七百九十人、合計千百八十人と記した供勢注文。

登場人物
島津家久、家久供奉衆
宛先
―
キーワード
島津家久、供勢注文、乗馬二十騎、替馬十騎、陸之者百二十人、小者、中間、道具之者、七百九十人、合計千百八十人
後編5-No.823文書確認度 高

島津光久供勢注文

江戸にいる島津光久が召し連れる人数を、乗馬二十騎、小姓二十人、陸の者二百人、小者・中間・道具の者百十人、その他の小者八百九十人、合計千二百四十人と記した供勢注文。

登場人物
島津光久、光久供奉衆
宛先
―
キーワード
島津光久、江戸、供勢注文、乗馬二十騎、小姓二十人、陸之者二百人、小者、中間、道具之者、八百九十人、合計千二百四十人
後編4-No.1533文書確認度 高

飯野長善寺棟札

元和三年の大風で倒壊した日向国真幸院飯野村長善寺の客殿について、領主から日七十貫の助銭を受け、元和四年二月に着工して十一月十五日に再建を終えた経緯と関係者を記す棟札。

登場人物
天室慶職、島津久洪、伊集院久供、肥後覚左衛門、野田帯刀、岩崎藤兵衛、松田四郎兵衛
宛先
飯野長善寺
キーワード
飯野長善寺棟札、客殿再建、大風、助銭、天室慶職、島津久洪、伊集院久供、元和四年
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 44供勢注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津家久供勢注文

松平大隅守(島津家久)の供勢。乗馬二十騎、小姓十人、陸の者百三十人、小者・中間・道具の者二百三十人、又小者七百九十人を挙げ、都合千百八十人とする。替えの乗馬十騎は外数。寛永十二年四月三日付。

登場人物
島津家久、松平大隅守供衆
宛先
なし
キーワード
島津家久、供勢注文、乗馬、替馬、小姓、中間、道具持
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 45供勢注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津光久供勢注文

松平薩摩守(島津光久)が在江戸で召し連れる人数。乗馬二十騎、小姓二十人、陸の者二百人、小者・中間・道具の者百十人、又小者八百九十人で、都合千二百四十人。前の大隅守分千百八十人と合わせ、二口合計二千四百二十人と記す。寛永十二年亥四月三日付。

登場人物
島津光久、松平薩摩守供衆
宛先
なし
キーワード
島津光久、供勢注文、在江戸、乗馬、小姓、中間、人数集計
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:86覚書・供行列・装束規定旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津義久供行列覚

公方の御成や歩行・騎馬時に島津義久が従える供の人数、配置、装束、武具を定めた行列覚。公方御成時の走衆を六人とし、小者・中間・雑色らの配置、太刀・小太刀・長刀・弓・傘袋・替馬などの担当、袴・肩衣の着用、徒歩と騎馬、近所と遠路による構成の違いを記す。騎馬時は狭い道で左方を先行させ、小太刀持ちの中間を馬前に置き、替馬は遠路の場合に用意し、洛中では引添えを付けないとする。義久の花押があり、別紙注は天正四年から二十年の間の写しとし、天正十五年の太閤入後、義久が上洛時の供行列を聞き合わせて記した可能性を示す。

登場人物
島津義久、公方、太閤
宛先
—
キーワード
島津義久、公方御成、供行列、走衆六人、小者、中間、雑色、徒歩、騎馬、太刀、小太刀、長刀、弓、傘袋、替馬、袴、肩衣、近所、遠路、狭路、洛中、花押、天正四年、天正十五年、天正二十年、太閤入、上洛、別紙
追録4-No.1896申渡書旧記雑録暫定版確認度 中

種子島時成の島津家系図系譜記載指示

種子島時成は、御記録奉行に対し島津家の系図・系譜へ載せる人物と順序を指示した。姫君の母方では清閑寺家の官位と実名を記し、於喜代は養女となった年限だけでなく実際の出生順と養女の格式を考慮して記載する。佐土原家へ縁組した島津久茂・久供の娘については、養女関係や後年の居住先に応じ、系図と御譜への記載範囲を分けるよう命じた。

登場人物
種子島時成、島津継豊、島津吉貴、於喜代
宛先
御記録奉行
キーワード
種子島時成、御記録奉行、島津家、系図、系譜、姫君、清閑寺家、於喜代、養女、出生順、佐土原家、縁組