HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
池田貞安
異名・検索語:池田貞安/池田左近将監貞安/左近将監/貞安/源五
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
未確定事項:貞秀との続柄は本文二男、小注一男で相違する。前条の貞盛嫡子記事とも照合し、どちらかへ統一しない。/末尾の慶長5年加藤との戦いという注は「ナルベシ」とする推測。旧説明の「十九歳」は本文に根拠がなく除去した。/庄内の陣名と9月の出発地名の字形は留保。安永は中霧島と並ぶ地名であり、年号として扱わない。
DESCRIPTION
本文内容説明
池田左近将監貞安。貞秀の子で、本文は二男、小注は一男とする。庄内の役では父の判断により百日番を務めた。平田増宗らの都城近辺への進出時、山口大蔵・大井五兵衛・青山利兵衛とともに案内役を命じられ軽傷を負う。安永から中霧島への伏兵戦で御手廻衆約150人が失われると、伊勢貞昌の指示で山田へ呼び寄せられ、家久公の側で奉公した。庄内の功で16石加増。その後父に伴って出水へ移り10石加増。肥後佐敷でも奉公して軽傷を負った。末尾注は慶長5年の加藤との戦いであろうと推測する。生没年月日・享年・墓所は記載しない。
系譜・人物関係
貞秀の子。本文の二男と小注の貞秀一男に異記。朱注に初源五。左近将監貞安として独立記事。
奉公・役職
父貞秀の判断で庄内の役の百日番。平田増宗らの進出時に山口大蔵・大井五兵衛・青山利兵衛と計4人で案内役。御手廻衆約150人の損失後、伊勢貞昌の指示で山田へ呼び寄せられ家久公御側奉公。庄内加増16石、その後父に伴い出水移住で10石加増。
軍役・事績
庄内で案内役として軽傷。安永から中霧島への伏兵戦・御手廻衆損失を背景に側仕えとなる。肥後佐敷で奉公し再び軽傷。慶長5年加藤との戦いは末尾注の推測であり、十九歳の記載はない。
生没・法名等
生没年月日・没地・享年・法名・墓所は不記載。負傷記事から戦死を推定しない。
- 統合人物ID
- HP-1101
- 原人物ID群
- 01-020-02
- 氏・分類
- 池田
- 掲載巻頁
- 巻1:20
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 貞秀の子。本文の二男と小注の貞秀一男に異記。朱注に初源五。左近将監貞安として独立記事。
- 検索キーワード
- 池田貞安/貞秀/一男二男異記/初源五/庄内/百日番/平田増宗/都城/案内役/安永/中霧島/伊勢貞昌/山田/家久/十六石/出水/十石/肥後佐敷/負傷
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 旧AI・通常各全1頁と原冊20頁上段拡大、修復AI・通常各全1頁を確認。
- 公開判定根拠
- 案内役・負傷・家久公側仕え・加増を具体化。続柄異記と末尾推測を明示し、根拠のない十九歳を削除して注記付き公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 旧AI・通常各全1頁と原冊20頁上段拡大を照合。○池田左近将監貞安から末尾薄手負と慶長5年加藤との戦いを推測する小注まで一記事。右側で欠けていた貞秀一男・朱初源五を原冊から回復し、修復AI・通常各全1頁を確認。前項貞盛・後項源六の本文は含めない。貞安自身の事績が続き、新規分割不要。ID・1頁・旧OCR維持。
- 判読保留
- 貞秀との続柄は本文二男、小注一男で相違する。前条の貞盛嫡子記事とも照合し、どちらかへ統一しない。/末尾の慶長5年加藤との戦いという注は「ナルベシ」とする推測。旧説明の「十九歳」は本文に根拠がなく除去した。/庄内の陣名と9月の出発地名の字形は留保。安永は中霧島と並ぶ地名であり、年号として扱わない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』