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HP-0819巻二:24注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

新納忠影

異名・検索語:新納忠影/新納近江守忠影/近江守/久助/忠影/大鑑宗智

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:父忠清の肥後居住に先立つ改易事情を述べる細注の字形・係り方は留保する。小西行長への預け・肥後居住・関ヶ原後の帰国は父の経歴で、慶長9年生の忠影に帰属させない。

DESCRIPTION

本文内容説明

近江守、初名久助。慶長9年生。実父は島津備前守忠清で、忠清は薩摩守義虎の三男、母は皆吉久右衛門続能の娘と記す。忠清が小西行長に預けられて肥後に住み、関ヶ原後に帰国した経歴は父の記事である。忠影は新納忠真の後を継ぎ、知行1,250石を領した。「四分一上地」の際に300石余を差し上げ、残高は940石余という。犬追物の射手を務め、鞍置馬と小刀一腰を拝領した。寛永5年2月29日、25歳で没し、法名は大鑑宗智。子孫は新納四郎を称した。本文は新納の嫡家とするが、本人の没地・墓所は記されない。

系譜・人物関係

実父は島津備前守忠清、忠清は薩摩守義虎の三男。母は皆吉久右衛門続能の娘。新納忠真の後を継ぐ。子孫は新納四郎。新納の嫡家と記す。

奉公・役職

忠真の後を継いで禄1,250石。四分一上地の際に300石余を差し上げ、残高940石余と記す。旧説明の四分一地頭という役職は誤読として撤回。近江守の見出し。

軍役・事績

犬追物の射手を務め、その際鞍置馬と小刀一腰を拝領。小西行長への預け・肥後居住・関ヶ原後の帰国は父忠清の経歴であり本人の軍歴とはしない。主君名・射手を務めた年日は本条に明記されない。

生没・法名等

慶長9年生。寛永5年戊辰2月29日、25歳で卒。法名大鑑宗智。没地・墓所は本条に記載なし。

統合人物ID
HP-0819
原人物ID群
02-024-04
氏・分類
新納忠影
掲載巻頁
巻二:24
主題・活動
家督継承・知行上地・犬追物射手
人物関係要約
実父は島津備前守忠清、忠清は薩摩守義虎の三男。母は皆吉久右衛門続能の娘。新納忠真の後を継ぐ。子孫は新納四郎。新納の嫡家と記す。
検索キーワード
新納忠影/近江守/久助/島津備前守忠清/薩摩守義虎/皆吉久右衛門続能/新納忠真/慶長九年/千二百五十石/四分一上地/三百石余/九百四十石余/犬追物/射手/鞍置馬/小刀一腰/寛永五年二月二十九日/二十五歳/大鑑宗智/新納四郎/嫡家
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
全1頁と修復通常・AI各全頁を確認。父の経歴と本人を分離し、四分一上地・知行高を訂正。
公開判定根拠
実父系譜・忠真後継・知行1,250石と上地・犬追物・生没法名を原冊で確認。父の改易事情の細注のみ留保して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
現用AI・通常各全1頁と原冊24頁下段を照合。忠影見出し、初名、右端の実父忠清・義虎系譜と父の肥後居住・帰国、本人の母・出生・家督知行・犬追物・没年法名・子孫まで一条。左末の新納之嫡家也と忠勝ハ国賊伝ニ出ツの注も保持し、忠勝への参照を新人物伝としない。右細注の欠けを回復し、左下の次条朱記断片のみ幅4pt・高さ205ptの白マスクで除外した。修復通常・AI各全1頁を再確認。新規採番不要。
判読保留
父忠清の肥後居住に先立つ改易事情を述べる細注の字形・係り方は留保する。小西行長への預け・肥後居住・関ヶ原後の帰国は父の経歴で、慶長9年生の忠影に帰属させない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』