後編4-No.1662記事確認度 高
島津忠清譜
年月日未詳 / 冊子 723頁
島津忠清が、子の忠影による新納家相続を支えたこと、元和六年正月五日に病没し、島津家久夫妻が弔問して葬送・法要が営まれたことを記す譜記事。
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年月日未詳 / 冊子 723頁
島津忠清が、子の忠影による新納家相続を支えたこと、元和六年正月五日に病没し、島津家久夫妻が弔問して葬送・法要が営まれたことを記す譜記事。
年月日未詳 / 冊子 497~498頁/原整理番号 22-1
桓武天皇―葛原親王―高見王―高望王から良望・良将・良孫・良文へ分かれ、村岡忠道、三浦為道、鎌倉景名、梶原権大夫景道・鎌倉権守景時を経て、梶原太郎景久・刑部丞朝景へつなぐ系図。朝景を酒匂形部丞、子景貞を左衛門尉・酒匂とし、資長・忠影・盛景・資房・宗景・資泰・貞資・資盛・資行・資景・景秀・氏景らの諸流と通称・官途・入道名を図示する。坊津一乗院所蔵本で、同院先住の頼政法印を酒匂家の庶子と伝えるため旧記に基づくとする一方、符号の多さや、年数の隔たりが大きい親子・兄弟関係、仮名と実名の配列に疑問があると批判し、新左衛門尉が旧記を考証して補系した旨を注記する。