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HP-0818巻二:25注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

新納康久

異名・検索語:新納康久/新納伊勢守康久/伊勢守/一珪斎/又五郎/右衛門佐/雲宗全朝

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:川辺の戦地は本文に故殿、傍注に神カとあるため、その地名の読みは確定しない。神殿村の拝領は別の明記された記述として区別する。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊勢守、入道一珪斎。父は忠澄、母は三原氏の娘。父が幼い忠良に奉公した縁で、康久出生時に忠良が大弐という女性・安楽雅楽介・伊駒筑後介に養育を命じた。のち忠良の家老となる。天文8年3月の川辺攻略に従い、高城主鎌田政真が差し出した神殿村を賜った。4月1日の入城には命を受け凱歌を唱えた。伊作田尻村の荒兵衛に城の案内と引き換えに娘婿にすると約束し、加世田落城後に地頭となり、長女を嫁がせた。弘治年間、渋谷氏の反乱に際して市来地頭となり、計略と数度の合戦で降伏させた。老年に8月2日病没とするが年号は不明、法名雲宗全朝。

系譜・人物関係

父新納忠澄、母三原氏の娘。康久の長女を荒兵衛に嫁がせ、他腹との注を付す。大弐という女性・安楽雅楽介・伊駒筑後介の3人が日新公に命じられて康久を養育。

奉公・役職

父忠澄が日新公幼少から奉公したため、康久出生時に日新公が大弐・安楽雅楽介・伊駒筑後介に養育を命じた。のち日新公の家老。旧説明の本人幼少から奉公・貴久家老は撤回。加世田地頭、弘治年間に市来地頭。

軍役・事績

天文8年己亥3月、日新公に従い川辺故殿(傍注神カ)に軍す。28日、高城主鎌田政真が降参し神殿村を献じ、公が康久へ賜う。翌日平山城降伏、4月朔日公入城時に康久へ凱歌を命じる。伊作田尻村の剛勇の百姓荒兵衛に城の案内を頼み成功時の縁組を約し、加世田落城後に地頭任命、長女を嫁がせる。荒兵衛はのち各地で軍功を挙げるが謀叛し伏誅との関連小注。康久は渋谷氏謀叛時に市来地頭となり、移住して計略と数度の合戦で降参させた。

生没・法名等

老年、8月2日に病死。年号不知と明記。法名雲宗全朝。生年・享年・没地・墓所は本条にない。荒兵衛の伏誅を本人の死因にしない。

統合人物ID
HP-0818
原人物ID群
02-025-01
氏・分類
新納康久
掲載巻頁
巻二:25
主題・活動
忠良家老・養育・川辺加世田攻略・縁組・地頭
人物関係要約
父新納忠澄、母三原氏の娘。康久の長女を荒兵衛に嫁がせ、他腹との注を付す。大弐という女性・安楽雅楽介・伊駒筑後介の3人が日新公に命じられて康久を養育。
検索キーワード
新納康久/伊勢守/一珪斎/又五郎/右衛門佐/忠澄/三原氏/日新公/島津忠良/家老/大弐/安楽雅楽介/伊駒筑後介/養育/天文八年/川辺/故殿(神カ)/高城/鎌田政真/神殿村/平山城/凱歌/加世田/伊作田尻村/荒兵衛/長女/縁組/地頭/弘治年間/市来/渋谷氏/八月二日/年号不知/病死/雲宗全朝
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
全1頁と修復通常・AI各全頁を確認。父の奉公と本人養育、忠良家老・神殿村拝領・縁組攻略・地頭・病没を具体化。
公開判定根拠
父子と荒兵衛の事績を区別し、本文の日新公家老・養育3人・川辺加世田攻略・地頭・病没日法名を確認。地名の原注を留保して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
AI・通常各全1頁と原冊25頁上段を照合。康久見出し・号通称・父母から、父の奉公と本人養育、家老・川辺攻略、加世田攻略と縁組、市来地頭と渋谷氏降伏、年号不知8月2日病没・法名までを一条として保持。荒兵衛の軍功と後年謀叛・伏誅は娘婿の関連記事で、康久の末路と混同しない。修復通常AI各全1頁で右細注を保持、左の次条断片を除外。独立記事の混入はなく既存ID維持。
判読保留
川辺の戦地は本文に故殿、傍注に神カとあるため、その地名の読みは確定しない。神殿村の拝領は別の明記された記述として区別する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』