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HP-0493巻1:20-21注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

今井市兵衛

異名・検索語:今井市兵衛/今井兼練/市兵衛/兼練/能登/松閑

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:養父は道与と道興の二表記があり本文の異記として残す。屋号は田那部屋と見え読みの小注もあるが表記・読みを留保する。入道松閑の脇に朱書異字注があり、その字形の確定は留保する。

DESCRIPTION

本文内容説明

今井市兵衛兼練。初め能登と称し、入道号は松閑。仁礼蔵人頼景の二男で、泉州堺の道与の養子となった。養父は本文中で道興とも記され、惟新公の茶の湯の友で、関ヶ原後の厚い親交により千石を与えられ、たびたび薩摩へ下ったという。養父が島津家家臣の子を養子とし、その所領を付して奉公させたいと願い、能登が養子に命じられた。市兵衛は千石のうち七百石を与えられ、納戸奉行、国分・山川・百次などの地頭を務めた。見出し脇には小番太刀、子孫今井仁右衛門との注記もある。養父の名の異記・屋号と入道号の異字注は留保する。生没年月日・没地・墓所は記載しない。

系譜・人物関係

仁礼蔵人頼景二男。堺の道与の養子。養父は続く本文で道興とも記される。子孫今井仁右衛門との小注。諱兼練、初め能登、入道松閑。

奉公・役職

小番太刀の見出し脇注記。養父道与(本文は道興とも記す)が家臣の子を養子とし所領を付して奉公させたいと願い、能登が養子となる。養父千石のうち七百石を与えられ、本人が納戸奉行と国分・山川・百次等の地頭。具体的な任官年は不記載。

軍役・事績

惟新公の茶湯の友、関ヶ原後の御入魂、千石給付、度々の下向は養父の事績として本人の七百石・役職と分ける。関ヶ原戦闘への市兵衛の参加や忠節を推定しない。旧登録の松斐は松閑へ訂正し、諱兼練を補う。守の字は見出しにないため能登とする。

生没・法名等

生没年月日・没地・享年・墓所は不記載。入道号は松閑で異字小注の字形は留保。法名不記載という旧説明と入道号の存在を区別する。

統合人物ID
HP-0493
原人物ID群
01-020-11
氏・分類
今井
掲載巻頁
巻1:20-21
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
仁礼蔵人頼景二男。堺の道与の養子。養父は続く本文で道興とも記される。子孫今井仁右衛門との小注。諱兼練、初め能登、入道松閑。
検索キーワード
今井市兵衛/兼練/能登/松閑/仁礼蔵人頼景/道与/道興/泉州堺/養子/惟新/茶湯/関ヶ原/千石/七百石/納戸奉行/国分/山川/百次/地頭/小番太刀/今井仁右衛門
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
旧AI・通常各全2頁、原冊20-21頁、修復AI・通常各全2頁を確認。養父の異記・屋号・異字注を留保。
公開判定根拠
本人の七百石・納戸奉行・諸地頭と養父の千石・茶交を分離。見出しを補い異記等を注記して公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
旧AI・通常各全2頁と原冊20頁下段・21頁上段を照合。一今井市兵衛から小注・養子縁組と養父の茶交記事を経て国分山川百次等之地頭職まで一記事。末尾は原冊も地頭職で終わり続きの脱落ではない。次の一今井仲兵衛は独立記事で含めない。第1頁の見出し脇小注を回復し、第2頁の隣記事断片を除去、末行の千石折返しを欠けなく収めた。修復AI・通常各全2頁を確認。養父の事績は縁組の由来で新規分割不要。2頁・ID・旧OCR維持。
判読保留
養父は道与と道興の二表記があり本文の異記として残す。屋号は田那部屋と見え読みの小注もあるが表記・読みを留保する。入道松閑の脇に朱書異字注があり、その字形の確定は留保する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』