HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
桑波田孫六
異名・検索語:桑波田孫六/桑波田孫六 後に意釣/孫六/意釣
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
忠兼公の国老・桑波田観魚の子で、薩州南郷の城主。後に意釣と号したという。大永六年、忠兼公が南郷を忠良公へ譲った際、忠良の旗下に入った。天文二年二月一日、反して島津実久に与した。同年三月二十九日に狩りへ出た留守を日新公に攻められ、城は落ちた。留守居の桑波田河内守と同式部少輔が討たれ、孫六自身は逃れたと記す。南郷は割注で当時の永吉と説明される。
系譜・人物関係
父は桑波田観魚(忠兼公の国老)。忠良の旗下から実久方へ転ずる。
奉公・役職
薩州南郷城主。後号は意釣という。
軍役・事績
天文二年二月一日に実久へ帰属。同三月二十九日の狩猟中に城を奪われ、本人は逃亡。
生没・法名等
本人の没年・没地は記載なし。討死したのは留守居二人。
- 統合人物ID
- HP-0402
- 原人物ID群
- 13-238-09
- 氏・分類
- 桑波田
- 掲載巻頁
- 巻13:238
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 父は桑波田観魚(忠兼公の国老)。忠良の旗下から実久方へ転ずる。
- 検索キーワード
- 桑波田孫六/孫六/意釣/薩州南郷城主。後号は意釣という。/天文二年二月一日に実久へ帰属。同三月二十九日の狩猟中に城を奪われ、本人は逃亡。/本人の没年・没地は記載なし。討死したのは留守居二人。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 独立〇見出しの全1頁。観魚の割注と留守居二人の消息は孫六に関連する記述。
- 判読保留
- 留守居の肩書や討死を孫六の事績・死因としない。前の記事の「弟」ではなく本条は観魚の「子」。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』