HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
肝付兼演
異名・検索語:肝付兼演/肝付越前守兼演 入道以安/肝付越前守兼演 入道以安斎/越前守・三郎五郎/兼演/肝付以安斎
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
越前守、三郎五郎、入道以安斎。兼固の子で、兼忠の三男兼光の後裔。父の代に大崎から溝辺へ移り、兼演は天文三年に加治木へ移った。天文六年、島津実久に応じて貴久に背く。同十八年、伊集院忠朗・北郷忠相・樺山善久らに攻められ、蒲生・祁答院・入来院・東郷の援軍と抗戦した。十一月の忠倉による火攻めで窮し、十二月に降伏。翌十九年、加治木を安堵された。巻九では、大永七年に帖佐内辺川・加治木中ノ洲を与えられたことも記す。同巻によれば天文二十一年七月四日、五十五歳で没し、法名は存庭兼祐居士。加治木攻略年には享禄三年とする注もある。
系譜・人物関係
父は兼固。兼忠三男兼光の後裔。父子で貴久へ謝罪するが子名不記載。
奉公・役職
越前守・三郎五郎・入道以安斎。加治木領主。帖佐内辺川・加治木中ノ洲の下賜。
軍役・事績
天文三年加治木移住。同六年実久に応じ貴久に背く。同十八年火攻め後降伏、十九年安堵。
生没・法名等
巻九:天文二十一年七月四日、五十五歳没。存庭兼祐居士。
- 統合人物ID
- HP-0250
- 原人物ID群
- 09-171-02/13-244-06
- 氏・分類
- 肝付
- 掲載巻頁
- 巻9:171
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 父は兼固。兼忠三男兼光の後裔。父子で貴久へ謝罪するが子名不記載。
- 検索キーワード
- 肝付兼演/越前守・三郎五郎/兼演/越前守・三郎五郎・入道以安斎。加治木領主。帖佐内辺川・加治木中ノ洲の下賜。/天文三年加治木移住。同六年実久に応じ貴久に背く。同十八年火攻め後降伏、十九年安堵。/巻九:天文二十一年七月四日、五十五歳没。存庭兼祐居士。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 巻九171頁・巻十三244頁の各全1頁を照合。祖先の事績と本人を区別。
- 判読保留
- 旧三郎好喜・天文十二年攻略を三郎五郎・天文三年へ訂正。享禄三年正月廿三日攻略説の注を保持。安堵状は巻十三で十九年卯月十六日、巻九は十九年記事の月に欠字があり、謝罪・安堵の細かな日付を一本化しない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』