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旧記雑録拾遺 著作史料集6の目録

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  1. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID D::2 伊地知季安序文

    伊地知季安の『管窺愚考』上・中・下巻。上巻は薩摩・大隅の建国と島津御荘の成立、荘官・領家・社寺との関係を諸史料で考証する。中巻は島津忠久の出自、丹後局・源頼朝との関係、御荘惣地頭職の取得を異説と照合し、下巻は忠久の事績を年次に追い、三州の田帳・荘園面積、本荘と寄郡、近衛家領家の変遷まで論じる。末尾に…

  2. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::1 続日本紀

    『続日本紀』天平二年三月条を引き、大宰府が大隅・薩摩両国の百姓は建国以来まだ班田を受けていないと奏し、所有田の扱いを論じた記事を示す。管窺愚考の土地制度考証のための附録史料。

  3. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::2 日本後紀

    『日本後紀』延暦十九年十二月条を引き、大隅・薩摩両国で開墾した田を口分田として授け、旧来の耕作を妨げず各人の所有を認める旨を掲げる。

  4. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::3 延喜式

    『延喜式』巻二十八の大隅・薩摩両国の駅馬数と蒲生・大水・市来・英禰・納津などの駅名を列挙する。季安は駅名を現地の地名と比べ、納津と網津、高城・出水・阿久根などの比定を検討する。

  5. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::4 類聚国史

    『類聚国史』承和五年五月条を引き、安芸国などの駅家と駅子・駅馬の配置、山路の険しさや送迎の負担を理由にした駅制の調整を示す。前項の駅路考証に関連する比較史料。

  6. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::5 古史徴

    『古史徴』に引く百錬抄の延久元年二月二十二日条。寛徳以後の新立荘園を停止し、それ以前の立券でも不明瞭で国務を妨げるものは停止するという記事を掲げる。

  7. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::6 古史徴

    『愚管抄』を引き、延久の記録所設置と諸国の荘園文書の召喚・審査、宣旨を下すに至った事情を述べる。荘園の土地支配を朝廷が検証する制度史料として掲げる。

  8. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::7 古史徴

    『続古事談』に引く後三条天皇の記録所設置、荘園の審査、君臣の善政に関する話を掲げる。季安は続古事談の巻数や著者説を点検し、他書との対照を指示する。

  9. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::8 新井白石・藤原定基問答

    新井白石と藤原定基の問答。荘園・荘司などの名や領有の起源を問い、班田・口分田、封戸・職田、賜田の制度と私領化の経緯をたどる。延久の荘園整理の成否、貴族・社寺や武家による土地集積の弊害を論じる。

  10. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::9 公卿補任

    『公卿補任』の後一条院・後朱雀院などの条から、公季・頼通ら公卿の任官、位階、辞任の日付と親族関係を抜き出す。近衛家・島津荘領家の年代考証に用いる官歴資料。

  11. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::10 国史略

    『国史略』巻之三を引き、後一条・後朱雀・後冷泉天皇らの皇統、后妃、皇子女と摂関家との姻戚関係を記す。次項の近衛家系図を読むための系譜資料。

  12. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::11 近衛系図略抄

    近衛家の系図を、藤原忠実・忠通から基実・基房・兼実らの分流に沿って掲げる。各人の摂政・関白などの官職、法名、没年、姻戚、寺院との関係を付記し、一乗院・近衛家の荘園領有をたどるための資料とする。

  13. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::12 大和名所図会

    『大和名所図会』の一乗院の記載を引き、南都興福寺の門主、寺務、宇治関白家との関係を述べる。季安は別書の年次と照合して一乗院門主の推移やその家領を考証する。

  14. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::13-1 島津庄々官等申状

    島津荘の荘官らが、荘内の開発地・寄進地や庄号、荘官と地頭の権限をめぐる旧来の文書・先例を挙げて言上した文書。荒野開発と本庄・寄郡の関係を考える根拠として附録に収める。

  15. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::13-2 伊地知季安考

    季安が前掲の荘官申状の伝来を検討し、鹿屋家所蔵本や『愚管抄』などと照合する。島津御荘の創建、領家・荘官、神柱社との関係について、年代や人名の異同を指摘する。

  16. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::14 平山家由緒書伊地知季安考

    平山家の由緒書にみえる神柱社・佐郷の権利、鹿屋周防守忠兼らの系譜を取り上げる。季安は記載を他の文書と突き合わせ、年代と人物関係を検討する。

  17. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::15 鎮西下知状抄

    島津荘の荒野開発地に置かれた永吉地頭の進止をめぐり、荘官の訴えと地頭方の証文を対照する。正安二年七月二日付の下知で、越訴を退け、地頭の進止を認める。

  18. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::16 関東御教書

    薩摩国の豊後三郎左衛門尉忠義が領する荒野について、地頭沙汰、開発・年貢をめぐる申立てを扱う。天福元年九月二十二日付で、公平に審理して本所へ申し達するよう命じる。

  19. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::17 関東御教書

    正八幡宮の島津本荘役をめぐり、前年の鎮西側の注進と荘官の言上を受け、事情を急ぎ沙汰するよう命じる延慶二年二月十日付の関東御教書。

  20. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::18-1 鹿屋忠兼覚書

    鹿屋忠兼の覚書の前半。島津氏の薩摩・大隅・日向への進出と守護・荘官の関係を述べ、島津本荘の地頭・守護や関係家の由緒を列記する。後半の別本と照合できるよう分けて記録する。

  21. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::18-2 鹿屋忠兼覚書

    垂水肝付家所蔵の鹿屋忠兼覚書の別本。島津本荘の守護・荘官の由緒に加え、都城・梅北の神柱社をはじめ地域の社司や社領、社殿の伝承を記す。前項との異同を示す注記を伴う。

  22. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::19 神柱宮再興勧進疏

    大永六年、梅北村の神柱社司が神柱宮の再興を勧進する疏。南郷益貫村の古廟と社地の荒廃を述べ、戦乱で失われた社殿を復興するため寄進を求める。末尾に九月二十四日付と大工・小工の名を記す。

  23. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::20 庄内神柱神社修造棟札

    天文四年卯月二十九日の神柱宮御宝殿棟札。島津御荘惣鎮守の造営・勧進を記し、藤原朝臣忠重・忠勝・久如や社頭関係者、大工・小工を列記する。

  24. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::21 代々造営棟札書上

    島津荘惣鎮守神柱宮の宝殿・天照太神宮について、万寿三年以降の建立・再興・修営を年次順に書き上げる。荘司・地頭・島津氏らの造営担当と棟札の年月日を列記し、社殿修造の継続を示す。

  25. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::22 梅北大吉神社棟札背文

    梅北大吉宮の棟札背面に記された造営・修営の年月日を書き留める。万寿三年九月十五日、仁安二年十二月十三日、弘安四年八月十七日などの年次を列記し、同社の修造履歴を伝える。

  26. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::23 神柱大明神修営記事

    神柱大明神が伊勢内宮に由来するとする伝承と、梅北への鎮座、社殿の建立・修営の履歴を記す。万寿三年の創建に始まる年次を挙げ、梅北村祝子家に伝わる社殿記録として収める。

  27. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::24 都城名勝志差出

    都城の名勝として、梅北の神柱両社・妙見大菩薩の本地、伊勢からの遷座伝承、梅北家の由緒、鳥居や社殿の造営を記す。寛文六年二月付の梅北正兵衛の差出文書で、神社の縁起と祭祀の継続を伝える。

  28. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::25 伊地知季安考

    季安が梅北村の神柱宮・宇佐八幡宮の由緒を検討する。梅北・富山家の伝承、社地と社役、島津荘・近衛家との関係を他の記録と照合し、姓氏や鎮座の年代に疑義がある箇所を指摘する。

  29. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::26 富山六兵衛覚書

    富山六兵衛が神柱宮・宇佐八幡宮の由緒と富山家の社役を記す覚書。三州移動後の祭祀への関与、神事の負担や馬の取扱いなどを述べ、元禄十年六月五日付で署名する。

  30. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::27 酒匂新右衛門訴状抄

    酒匂新右衛門が神柱宮の祭事や社役をめぐる権利の由緒を述べる訴状の抄録。島津氏の旧例や祭礼の執行を根拠として、自己の関与を主張する。

  31. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::28 伊地知季安書状案

    季安が宇佐八幡宮と神柱両社の縁起・古記を検討した書状の案。神鏡、棟札、古い年号や社伝の記載を突き合わせ、伝承の年代や記述の異同について相手に確認を求める。

  32. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::29-1 大曼荼羅院造立願文

    安楽五郎左衛門所蔵の大曼荼羅院造立願文を採録する。弘安元年八月の修造にあたり、願主が堂宇の建立を仏神に祈り、先例や寺の由緒に触れて成就を願う。

  33. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::29-2 伊地知季安考

    季安が前項の願文と寺院関係の古文書を検討し、文字の読みにくい箇所や年号の異同を指摘する。大曼荼羅院と島津御荘の関係を考え、安元などの年代の整合性を吟味する。

  34. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::30-1 霧島西生寺大曼荼羅院再興棟札

    西生寺大曼荼羅院の修造・再興を記した棟札を採録する。金輪聖皇の長久、武運長久や堂宇の再興を祈り、大檀那藤原朝臣忠武と工匠らを記す。弘安元年の文言のほか、明応九年三月の修造記事を伴う。

  35. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::30-2 西生寺仁王鉢内版銘

    西生寺内山王社の神体厨子に納められた小板の銘文を写す。仁安三年三月二日の造立、施主と造立の祈願を記し、寺社に伝来した古い銘記として収める。

  36. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::30-3 伊地知季安考

    季安が西生寺の版銘・棟札を比較し、仁安・弘安・安元の年号や文字の読みに疑問を呈する。寺の開基と再建の順序、銘文の伝来を検討し、前二項の史料をそのまま同一時点の証拠とはしない。

  37. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::31 常福寺旧跡考

    常福寺の旧跡を、霧島山麓の西生寺・神社との位置関係から検討する。寺の荒廃と再建、伝来文書にみえる住僧や荘官、仁安・永仁期の記録を対照し、寺地と社地の変遷を考証する。

  38. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::32 得丸氏古系図

    得丸氏古系図を採録し、季基を起点とする一族の分岐と相続を示す。諱・通称や親子関係を配し、地域武士団の系譜資料として収める。

  39. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::33 加世田氏系図

    加世田氏系図を採録し、季元から良忠・良道らへ続く家筋と分岐を示す。人名の傍注を伴う系譜資料で、隣接する得丸氏・阿久根氏の系図と比較できる。

  40. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::34 阿久根氏系図

    阿久根氏系図を採録し、良望・忠頼・貞道・貞言・貞元らの代々と分岐を示す。諱や通称を補記した、阿久根氏の系譜確認のための史料。

  41. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::35 都城名勝志差出

    都城名勝志に差し出された安久の富山家に関する記述。旧守護の名代を務めた由緒、所領や社役の伝承を述べ、地域の家筋と神社との関係を伝える。

  42. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::36 島津荘政所下文

    百引村の弁済使職について、当僧安兼に職務を執行させるよう島津荘政所が命じる。郡内の者に承知させる安元元年十二月付の下文で、署判する別当・荘官の名を伴う。

  43. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::37 島津荘政所下文

    百引村弁済使職の安兼について、承安五年八月十四日付で政所が職務・課役の履行と住民への周知を命じる。前項と同じ人物を扱うが、別の下文として記録する。

  44. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::38 伊地知季安考

    季安が都城安久の富山氏文書と前掲の荘政所下文を見比べる。安兼の姓名や伝来文書の写しの不足を指摘し、百引村弁済使職の由緒を検討する。

  45. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::39 島津庄留守某下文

    島津荘の留守が、相伝文書に基づき当僧安兼を百引村弁済使職に補任する。職務を勤めるよう指示した安元二年七月付の下文。

  46. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::40 島津庄政所勘下文

    境界・社役などをめぐる申立てを受け、島津荘政所が旧来の文書と先例に照らして処理を命じる下文。別当や執行らの署判を伴い、元仁二年二月二十一日付と記す。

  47. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::41 富山氏系図抄

    富山氏系図の抄録。貞夏・頼宗らから義弘・義時ほかの分流に至る親子関係、法名、官途、没年や婚姻を枝分かれ図で示す。都城安久・百引村関係の富山家文書と併せて読む系譜資料。

  48. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::42 市来氏系図抄

    市来氏系図を抄出し、具瞻から正邦・孝親らへ続く系譜と分流を示す。官途・通称や婚姻関係の傍注を含む。

  49. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::43 平家物語

    『平家物語』巻四から、丹波少将成経ら流人が薩摩・硫黄島へ向かう段を引用する。島津荘周辺の地名と流人伝承を検討するための文学史料。

  50. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::44-1 平家物語

    長門本『平家物語』から、俊寛ら三人の流刑、薩摩国の島での暮らし、成経らの信仰と帰京をめぐる叙述を抄出する。硫黄島や島津荘にかかわる地名・伝承を採録したもの。

  51. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::44-2 伊地知季安考

    季安が前掲の長門本の地名や島津荘への言及を検討する。硫黄島などの島々と島津忠久の地頭職の関係を挙げる一方、軍記の記載をそのまま年代確定に用いることを避ける。

  52. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::45 東鑑

    『東鑑』元暦二年七月二十二日条を引く。日向国住人富山二郎太夫義良ら鎮西の武士を御家人として保護し、他人が煩わせないよう複数の御下文が発給されたと記す。

  53. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::46 島津道鑑一宮下

    富山義道の申立てにより、島津荘日向方での追捕・刈田などの狼藉を調べ、訴状に従って沙汰するよう命じる。元弘三年十月十三日付の島津道鑑の下文。

  54. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::47 源某書下

    日向方北郷宮丸名内の富永・成清をめぐる所領争いについて、譲状に基づく相続を認め、押領を退けて所領を執行させる。建武元年五月十日付の書下。

  55. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::48 貴船宮大宮司職補任状

    島津荘政所が貴船宮大宮司職を補任する。重代の権利に従う旨を述べた康永四年三月五日付の補任状で、職の継承を示す。

  56. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::49 島津氏久書状

    富山義弘が求める日向方北郷宮丸名内の富永・成清について、相伝に相違ないとして京都への吹挙を依頼する。応安八年三月十一日付の島津氏久書状。

  57. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::50 右近衛府政所下文

    右近衛府政所が、薩摩国牛屎郡の国吉坊田地と刈り取られた田二十五町余をめぐる争いを裁く。大秦元光・府使光里らに旧来の権利と証拠に従い妨害を停止するよう命じた安元三年四月付の下文。

  58. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::51 酒匂安国寺申状

    酒匂安国寺の申状は、源頼朝と丹後局の子として忠久が生まれたという由緒を述べ、丹後局の移動・居住、忠久の養育、土地や社寺との結び付きを申立てる。系譜上の主張として記録する。

  59. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::52 作者部類

    『作者部類』から惟宗氏関係者の名と位階・官途を抜き出す。広言・行政・忠貞らを比較し、忠久周辺の氏姓や系譜を検討する補助資料とする。

  60. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::53 山田聖栄自記

    『山田聖栄自記』にみえる忠久出生の由緒を引用する。北条時政の娘と頼朝の関係、丹後局との関係、忠久の養育を記した系譜伝承で、先の申状と異同を比べる素材となる。

  61. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::54-1 御当家由来

    『御当家由来』から、忠久の母丹後局が鎌倉を離れて薩摩へ向かい、忠久が島津家の祖となったとする物語を引く。道中の地名、養育者、母子の再会などを語る家伝として採録する。

  62. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::54-2 吉田與三覚書

    吉田與三の覚書を引き、京都・大坂の留守居時に見聞した忠久出生や丹後局に関係する石・旧跡の所在と、その由緒を記す。季安の次項の検討対象となる。

  63. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::54-3 伊地知季安覚書

    季安が吉田與三の覚書にある石と旧跡を検討し、所在や文字の読み、丹後局・忠久との結び付けに疑問を示す。旧跡の伝承を他の記録と比べ、断定を避けて記す。

  64. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::55-1 古今戦

    『古今戦』から、丹後局が頼朝の子を宿し、鎌倉から薩摩へ流れて忠久を産み育てたという伝承を引く。比企氏、北条氏、乳母や従者を含む物語で、後続の別伝と比較する。

  65. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::55-2 出水氏所蔵忠久出生記事

    出水氏所蔵の忠久出生記事は、丹後局と頼朝の関係、母子の移動、忠久の養育と後年の家筋を記す。『古今戦』と重なる伝承を持ちながら、人名・行程などの別伝を示す。

  66. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::56 東鑑

    『東鑑』治承五年の条から、頼朝の乳母を務めた比企氏とその近親者についての記事を引く。忠久出生伝承に登場する比企氏の関係を検討するための史書資料。

  67. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::57 東鑑

    『東鑑』養和二年五月二十七日条などを引用し、頼朝の家族・近臣や贈物に関する記録を示す。忠久の母や養育者の伝承を史書の人物関係と照らす材料となる。

  68. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::58 本朝武家系図比企氏系図

    『本朝武家系図』の比企氏系図を抄出する。時員・宗員・能員らの親子・婚姻関係と官途を図で示し、頼朝の乳母家と忠久由緒の人物比定に用いる。

  69. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::59 源頼朝下文

    領家大夫三位家の下文に従い、左兵衛少尉惟宗忠久を島津荘の下司職に任じ、荘務に従事させるよう命じる。元暦二年八月十七日付、頼朝花押の下文として収める。

  70. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::60-1 伊地知季安考

    季安が前項の頼朝下文を検討する。元暦二年の忠久の年齢、庄務・下司職の呼称、島津荘の領家と宛所を照らし、伝来文書の記載と年代の整合性に疑問を示す。

  71. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::60-2 後白河后妃・皇子・六女列伝

    後白河院の后妃、皇子、皇女に関する列伝を引き、藤原成子と子女の出自、位階・称号、寺院との関係を記す。領家家系や官位の年代を確かめるための系譜資料。

  72. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::61 類聚国史

    『類聚国史』仁寿元年十一月条を引き、藤原良房らの位階叙任と家族の官位を記す。摂関家の系譜と官歴を検討するための材料。

  73. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::62 類聚国史

    『類聚国史』から聖武天皇期以降の官人の叙位・任官記事を抜き出す。家令・内殿などの職名と位階の推移を列記し、藤原氏の系譜と領家の官職を調べる資料とする。

  74. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::63 宗藤源辨

    田中図明の『宗藤源辨』を引き、島津という呼称、頼朝による薩摩・大隅・日向三州の守護職と忠久の家名の由来を述べる。氏姓と所領の伝承を整理する引用。

  75. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::64 御当家由来

    『御当家由来』から、頼朝と忠久の親子関係、忠久の島津荘下向、薩摩・大隅・日向を含む領地と家名の由来を語る。季安は家伝の記述を他の文書と照らす材料として採る。

  76. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::65 山田聖栄系図目安

    山田聖栄の系図目安から、忠久の文治二年秋の三州に関する記載を抄出する。家伝・軍記と異なる年次や地域の記述を照合するための短い系譜記事。

  77. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::66 山田聖栄自記

    『山田聖栄自記』から、忠久が西国・日向・薩摩・大隅の所領を与えられ、島津荘に居住・庄務を担うようになったという家伝を引く。島津家の地頭・守護由緒を述べる引用。

  78. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::67-1 古今戦

    『古今戦』から、忠久が建久七年頃に薩摩へ下り、島津荘の庄務・居住地を得たという物語を引く。三州と島津の名の由来を語る伝承の一部。

  79. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::67-2 古今戦

    『古今戦』の続く別項から、忠久に島津荘と三州の職・所領を与えたとする話を引く。比企氏とのつながり、島津の号、所領内の庄務を語る。

  80. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::68 源頼朝下文

    島津荘で藤内遠景の使者による入部・沙汰を停止し、庄目代忠久を押領使として取り扱うよう命じる。文治二年四月三日付の頼朝下文として載せる。

  81. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::69 島津道鑑代得貴申状

    島津道鑑の代官得貴が、島津荘の所領・下司職をめぐる旧下文と鎮西の御教書を挙げ、証拠の採用と早期の沙汰を求める。康永元年四月十日付の申状。

  82. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::70 東鑑

    『東鑑』文治三年九月九日条を引き、重陽の節日に比企尼の家で行われた贈答や頼朝周辺の人物関係を記す。比企氏と忠久家伝を照合する史書記事。

  83. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::71 源頼朝下文

    藤内遠景の使者の島津荘入部を停止し、庄目代忠久を押領使として荘内の沙汰に当たらせる。文治三年九月九日付の頼朝下文と、その後の引用注を載せる。

  84. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::72 平重澄寄進状

    平重澄が相伝の所領として薩摩国の伊作・日置北郷・日置南郷外小野を挙げ、寄進したことを示す文治三年三月の寄進状案。後続の立券と所領境界を論じる根拠文書として引かれる。

  85. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::73 薩摩伊作庄立券状

    薩摩国寄郡内の殿下新御庄について、伊作郡と外小野を含む四至を立券する。東西南北の境界を列挙し、下司らの署判を伴う文治四年十月の伊作庄立券状。

  86. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::74 伊作庄雑掌下司申状

    伊作庄の雑掌と下司が、阿多郡北方の地頭隠岐三郎による庄域への押領・越境を訴える。寄進状・立券状などを根拠に、相手方の申立てと証拠を審理し、庄領を保全するよう求める文保三年六月の申状。

  87. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::75 伊地知季安記事

    季安が「英時下知状」の記載として、文治四年十月の薩摩国寄郡内殿下新御領の立券状案を引く。伊作郡・日置北郷から弥勒寺庄を除く四至に触れ、重澄の寄進証文に基づく政所下文と国司庁宣の発給を伝える。

  88. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::76 伊作庄日置北郷領家雑掌憲俊文書渡状

    領家雑掌憲俊が伊作・日置関係の文書を引き渡す際、文治の寄進状案、立券庄号文書案などを列挙し、五通を進上した旨を記す。元亨四年八月二十一日付で、庄領の由緒を示す証文の移動を確認できる。

  89. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::77 前右大将家政所下文

    前右大将家政所が惟宗忠久を大隅・薩摩両国の家人奉行人とし、内裏大番の催勤、人の売買の停止、殺害などの狼藉の停止を命じる。建久八年十二月三日付の下文。

  90. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::78 酒勾貞阿御文書目録

    酒勾貞阿の御文書目録に、大隅・薩摩両国奉行に関する建久八年十二月三日付文書を掲げる。前項の家政所下文に対応する短い目録記事。

  91. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::79 関東御教書

    正八幡宮神輿の入洛をめぐり、島津本庄の役としての奉勤を主張する所司・神人らの動きを伝え、入洛があれば薩摩国守護・地頭・御家人らが留めるよう命じる正応六年二月七日付の関東御教書。

  92. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::80 関東御教書

    島津庄内の知行分について領家一乗院の所務を停止する一方、定まった仏神事の用途と本家年貢は先例どおり沙汰するよう命じる。永仁五年七月五日付の関東御教書。

  93. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::81 鎮西下知状

    鎮西御下知の抄録。島津下野前司忠宗法師らが争った加徴以下の地頭得分について、元久元年の関東御下知を引き、本庄・寄郡の段別徴収量、用作田百町の配分と地子の扱いを示す。

  94. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::82 平忠秀名簿

    正六位上平秀忠が嶋津左衛門尉への志を述べ、名簿を奉進する建保五年五月二十九日付の文書。末尾に平秀忠の署判を伴い、主従関係の成立を示す。

  95. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::83 山門院地頭所務和与状

    山門院地頭の所務をめぐり、狩倉や地頭分の利用、蘭・野などの土地から得る利物の分配を定める。嘉禄二年十二月八日付で、紛争を双方の和与によって収める条項を列記する。

  96. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::84 関東下知状

    山門院の狩倉をめぐる領家分と地頭分の争いについて、両方の申状を踏まえ、地頭分以外の領家分の狩倉を妨げてはならないと裁定する。先行する和与・下知と庄務の乱れを検討した嘉禄二年十二月八日付の関東下知状。

  97. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::85 関東御教書

    薩摩国で忠義が領する荒野について、地頭の沙汰で開発し、斗代を減じて年貢を納めたいとの申請を取り上げる。本所へ申達するのが公平であろうと伝える天福元年九月二十二日付の関東御教書。

  98. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::86 稲荷大明神由緒覚

    島津忠久の誕生と島津への入部にまつわる稲荷大明神の由緒を記す。出生地で稲荷を崇敬し、島津の御庄に祀ったという伝承や、狐に関する話、社殿修復の願いを載せる。

  99. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::87 稲荷大明神木面銘

    稲荷大明神の木面に記された寄進銘を収める。惣持院に関わる者の祈念と奉寄進の文言を伴い、天文二年三月吉日と記す。

  100. 旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::88 稲荷大明神修造棟札

    日州島津御庄郡本稲荷九社大明神の宝殿を再造した際の棟札を記録する。神威と氏子の安泰を祈り、天文十四年十一月二日の年月日と修造に関わる島津家の人名を記す。