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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

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旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID old2:67日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

面高連長坊朝鮮在陣日記

面高連長坊による朝鮮在陣日記。慶長二年七月二十八日の固川・唐島付近での渡海と布陣から始まり、軍勢の移動、兵糧、攻城・合戦、使者や書状、傷病・戦死、天候などを日次で記す。泗川・晋州方面の戦況と撤収・帰国過程を経て十二月十九日に至り、のちの豊作を喜ぶ記事で結ぶ。『旧記雑録後編三』三四六・三四七号文書と同一との注記がある。

登場人物
面高連長坊、島津義弘、島津忠恒、朝鮮在陣諸将
宛先
—
キーワード
面高連長坊朝鮮在陣日記、慶長二年、面高連長坊、島津義弘、島津忠恒、朝鮮役、固川、唐島、泗川、晋州、軍勢、兵糧、攻城、撤収、旧記雑録後編三
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID B:25文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

面高連長坊朝鮮在陣日

慶長二年十二月二十七日の朝鮮在陣記事。島津義弘・忠恒らが泗川の新城へ移り、祝言の寄合を開いたことを記す。続いて蔚山の加藤清正の城へ明軍が大軍で押し寄せたとの注進を受け、陣中の諸大名や野村・毛利・伊東・秋月・高橋らに使者と書状を送った次第を伝える。末尾に年越しの年男の任命を記す。

登場人物
面高連長坊朝鮮在陣日、殿様奉始武庫、御城武庫、一於蔚山加藤主計一明、加藤主計頭、固川江野村市右衛門尉、文七、伊東喜
宛先
一酒川新城、殿様奉始武庫、御城武庫、圃書頭、一於蔚山加藤主計一明、居城、加藤主計頭、固川江野村市右衛門尉、文七、高橋九郎殴、伊東喜左衛門殴
キーワード
面高連長坊朝鮮在陣日、朝鮮出兵、目録・所蔵、外交・使者、高麗
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:43-1書状・交名注文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

三原重秋外二名連署書状・菱刈一族並他門交名注文

二つの文書と菱刈氏系譜記事を現行一件に収める。第一は十二月二十日付で、伊集院忠金・川上忠克(意釣)・三原重秋が新納忠元へ送った連署状。菱刈四郎が曽木を差し上げた後も在所が定まらないため、従前の奉公に報いて花北一所を与え、追って加扶持する上意を伝える。続く隆豊の伝記は、文禄元年に島津義弘・久保に従って朝鮮へ渡り、江原道・南原・唐島番船で軍功を挙げ、慶長三年の交戦で負傷して壱岐から帰国したこと、慶長四年の伊集院忠真による庄内の乱、同五年の関ヶ原で義弘旗下に戦ったことを記す。帰国後は重秀の家督代を務め、重栄を後嗣として花北へ戻り、慶長十五年には琉球へ渡航し、元和四年に没した。重種は島原の乱・上洛に供奉し、大口衆頭、鹿児島城下勤仕を経て加久藤で養老した。第二は本文中に『43の2』とある天正四年二月彼岸日付の菱刈一族並他門交名注文で、菱刈・曽木・長池・入山・藤島・井手籠・得光・柿木原・花北等の一族・他門名を列挙し、菱刈大膳亮隆商が証判する。

登場人物
菱刈四郎、伊集院忠金、川上忠克(意釣)、三原重秋、新納忠元、隆豊、島津義弘、島津久保、上井兼政、新納久饒(遊甫)、伊集院忠真、島津忠恒、石田三成、徳川家康、重秀、重栄、鹿島駿河守、市来小四郎、面高連長坊、瀧聞伝右衛門、毛利内正、伊地知少左衛門、鎌田与兵衛、隆次、重種、島津光久、島津家久、忠充、重利、重高、重興、菱刈家重、菱刈重信、菱刈重世、曽木直茂、曽木忠茂、長池重直、曽木重政、入山元古、藤島光重、井手籠重久、得光成法、柿木原囚次、花北妙道、家保、菱刈隆商
宛先
新納刑部太輔忠元殿(43-1連署書状)
キーワード
三原重秋外二名連署書状、十二月廿日、伊集院忠金、川上意釣、三原重秋、新納忠元、菱刈四郎、曽木差上、花北一所、加扶持、隆豊、文禄元年、朝鮮出兵、江原道、南原、唐島番船、慶長三年、壱岐帰国、庄内の乱、関ヶ原、島津義弘、家督代、琉球渡航、元和四年、重種、島原の乱、大口衆頭、鹿児島城下、加久藤、菱刈一族並他門交名注文、天正四年二月彼岸日、菱刈隆商