後編1-No.378文書確認度 高
頼忠法印書状
十月十六日 / 冊子 167頁
頼忠法印が、高崇寺に関わる肝付良兼に対し、根来寺に住山していた折に法流の相承を約束したことを述べ、自身が老齢であるため速やかに来訪して法流を受け継ぐよう求めた書状。
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十月十六日 / 冊子 167頁
頼忠法印が、高崇寺に関わる肝付良兼に対し、根来寺に住山していた折に法流の相承を約束したことを述べ、自身が老齢であるため速やかに来訪して法流を受け継ぐよう求めた書状。
元亀二年七月廿四日 / 冊子 248~249頁
肝付良兼が島津貴久の死を知り、七月二十四日に僧衆を集めて霊前へ供膳を備え、捧げた祭文。貴久を文武に秀でて三州を中興し、適材を用い、百戦百勝の名を広めた君主とたたえる。良兼の先人と貴久との盟約・厚誼を回想し、敵対関係にあっても死を悼む情は貴賤を超えるとして、五十八年の生涯と群臣・庶民の悲嘆を詠嘆する。
天正元年九月廿七日~十一月中旬 / 冊子 317頁
天正元年九月二十七日の早崎・咲花平着陣と小浜城攻略を詳述する。島津方は激戦の末に城柵を破り、伊地知美作守を退去させたが、伊集院久春が重傷、肥後平三郎らが戦死した。牛根城包囲中の野戦では白胴服の武者が単騎で敵首を挙げ、周囲を叱咤した逸話を載せる。肝付領の通路を遮断するため、十一月中旬に歳久・以久を大将として平床へ陣を進めた。