SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

8 件 (全巻)/ 1–8件を表示

ページ 1 / 1

追録3-No.1529-1文書旧記雑録暫定版確認度 中

木脇祐盛届書

木脇祐盛が、佐土原の家督や分地について、大隅守家に男子がない場合の取扱いと、淡路守家の相続・御留守居からの問い合わせを報告する。

登場人物
木脇祐盛
宛先
—
キーワード
木脇祐盛届書、目録に1529親番号の独立本文なし。1529-1~1529-3を構成する物理PDF
追録3-No.1529-2覚書旧記雑録暫定版確認度 中

木脇祐盛口上覚

木脇祐盛が、佐土原家の家督と分地をめぐり、淡路守家の子を養子として立てた経緯や、幕府へ差し出す書付の趣旨を口上として説明する。

登場人物
木脇祐盛
宛先
—
キーワード
木脇祐盛口上覚、目録に1529親番号の独立本文なし。1529-1~1529-3を構成する物理PDF
追録3-No.1529-3覚書旧記雑録暫定版確認度 中

木脇祐盛口上覚

木脇祐盛が、佐土原の分地・家督をめぐる申請の先例を調べ、林大学頭や大玄院らとの相談を踏まえて、口達と書付をどのように幕府へ差し出すかを論じる。

登場人物
木脇祐盛
宛先
—
キーワード
木脇祐盛口上覚、目録に1529親番号の独立本文なし。1529-1~1529-3を構成する物理PDF
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:87-2大島代官への流人収容準備申渡書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

木脇祐盛申渡書

木脇祐盛が大島代官日高次左衛門へ、先の流人配流命令に従い小家・囲い・番所などを船便到着前に整えるよう申し渡す。喜界島には別途連絡する旨も記す。

登場人物
木脇祐盛、日高次左衛門
宛先
大島代官日高次左衛門
キーワード
木脇祐盛、日高次左衛門、大島、流人、囲い、番所
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:58系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東作太夫家系図

伊東作太夫家の系図。祐康は井尻を号し源兵衛を称し、祐能は孫右衛門として伊作久逸に仕え、加世田で戦死したと記す。傍注はその時を久逸が戦死した明応九年庚申十一月十一日であろうとする。祐秀は四郎左衛門で間瀬川に戦死。祐貞は伊賀守として日新公に仕え、天文七年戊戌に日州日知屋へ移って地頭となった。別系の祐盛は伊賀守で功があり、祐盈は太郎四郎を称して京都で没した。末尾の祐義は伊左衛門、寛永十一年生まれで母を仁礼蔵人の女とし、養子で実は喜入休右衛門久守の三男、伊東へ改号したと記す。島津光久の江戸下向時に平戸で没した。

登場人物
祐康、祐能、伊作久逸、祐秀、島津忠良(日新)、祐貞、祐盛、祐盈、祐義、仁礼蔵人、喜入休右衛門久守、島津光久
宛先
—
キーワード
伊東作太夫家系図、祐康、井尻、源兵衛、祐能、孫右衛門、伊作久逸、加世田戦死、明応九年十一月十一日、祐秀、四郎左衛門、間瀬川戦死、祐貞、伊賀守、日新公、天文七年、日州日知屋、移住、地頭、祐盛、有功、祐盈、太郎四郎、京都死去、祐義、伊左衛門、寛永十一年、仁礼蔵人女、養子、喜入休右衛門久守、三男、伊東改号、島津光久、江戸下向、平戸死去
追録3-No.1529覚書旧記雑録暫定版確認度 中

文書1529(三枝番の集合)

親番号の独立本文はなく、木脇祐盛の届書と二通の口上覚を収める集合資料。佐土原・淡路守家の家督、知行・分地、当分養子などをめぐる申達を扱う。

登場人物
木脇賀左衛門祐盛
宛先
松平大隅守
キーワード
鳴津家、家督、分地、知行、役職
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:73系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

古佐多系図

平清盛―重盛―資盛を祖系とし、実盛・国盛、時盛、存盛・兼盛以下へ続く古佐多氏の系図。時盛は伊豆守・野上田・伊予坊と記され、百引知行のため初めて当国へ下向して建部へ改姓したとする。存盛は父から佐多を譲られて佐多を号し、成盛は田代を譲られて田代二郎、さらに祢寝三郎を号して祢寝院を領した。久秀は宇治川で戦死して後継がなく、兼盛ら兄弟はそろって鎌倉へ上り各々定紋を賜り、兼盛は五梅鉢に上二引の紋を拝領したと記す。

登場人物
平清盛、平重盛、平資盛、実盛、国盛、時盛、存盛、兼盛、成盛、明盛、祐盛、家盛、光盛、秀盛、久秀
宛先
—
キーワード
古佐多系図、平清盛、平重盛、平資盛、実盛、国盛、時盛、伊豆守、野上田、伊予坊、百引知行、当国下向、建部改姓、存盛、佐多譲領、号佐多、成盛、田代二郎、田代譲領、祢寝三郎、祢寝院、久秀、宇治川戦死、無後、鎌倉、定紋、五梅鉢、上二引
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:26系図・建部姓田代氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

建部姓田代氏正統系譜

桓武天皇―葛原親王―高見親王―高望親王から平氏諸流を展開し、良望・良将・良兼・良繁・良文の系、忠頼・将常以下の各地の祖、北条四郎大夫時家から時綱・時兼・時政・義時・泰時・時氏らへ続く北条系、惟衡―正度―正衡―正盛以下の伊勢平氏系を並記した系図。忠盛には三十三間堂建立、清盛には太政大臣・厳島再興、維盛には新三位中将、資盛・師盛・清度らには位官を注記する。田代氏の直接の系統では、時盛が伊豆守として当国へ下向し、野上田伊予坊を引いて知行し、源氏から平姓へ改めて建部氏を号したとする。光盛―秀盛―久季の久季は上洛して宇治川で討死し、佐多家が断絶して守護領となったと記し、時盛―実盛―国盛以下から道清・以久・清久・久助へ至る。以久は法光寺を建立し、氏久から良院・鹿屋内高隈村の宛行文書を受けたとし、清久には串良知行などの文書、久助には『三ヶ国の大将軍として探題へ参上』との注記を添える。

登場人物
桓武天皇、葛原親王、高見親王、高望親王、良望、良将、良兼、良繁、良文、忠頼、将常、頼尊、良盛、惟時、時家、義時、泰時、時氏、時房、経時、時頼、清盛、教盛、忠盛、惟衡、正度、正衡、正盛、頼盛、経盛、忠度、重盛、宗盛、知盛、基盛、重衡、維盛、資盛、時盛、光盛、秀盛、久季、兼盛、存盛、明盛、祐盛、家盛、実盛、国盛、成盛、道清、以久、清久、久助
宛先
—
キーワード
建部姓田代氏正統系譜、桓武平氏、葛原親王、高望王、鎮守府将軍、北条氏、伊勢平氏、三十三間堂建立、厳島再興、清盛、忠盛、時盛、当国下向、野上田伊予坊、平姓、建部氏、宇治川討死、佐多家断絶、守護領、田代氏、法光寺建立、良院、鹿屋、高隈村、宛行文書、串良知行、探題