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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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3 件 (全巻)/ 1–3件を表示

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附録1-No.108文書確認度 中

町田久政書状

町田久政が、公役人員の名簿と門前屋敷をめぐる処理について蒲地伊賀入道へ回答した書状。別紙の人数書付を送り、新城にいる山田藤内左衛門への連絡を求めるとともに、門前屋敷の持合や旧来の墨付をめぐる問題は、存松の帰着後に協議する方針を示す。

登場人物
町田久政、蒲地伊賀入道、山田藤内左衛門、紀州、存松
宛先
蒲地伊賀入道殿御報
キーワード
町田久政、蒲地伊賀入道、山田藤内左衛門、紀州、存松、公役、新城、門前屋敷、墨付、談合
後編3-No.581-1文書確認度 高

高柳行文申状

高柳行文が寛文十一年正月十一日付で大川平久兵衛へ提出した申状。大川平源太左衛門隆重が幼少時に伊東方へ取られ、のち島津方へ戻った経歴を述べ、泗川戦では少数で明軍の陣を破ったとする。帰朝時の唐島の戦いでは、退潮と水手の損耗で危機に陥った義弘の船を救うため、隆重ら十三人が敵船へ切り込み、全員戦死して主船の退却を助けた。帰朝後、隆重の二子が召し出され、それぞれ名を与えられたことも記す。

登場人物
高柳行文(好左衛門)、大川平隆重(源太左衛門)、島津義弘、町田久政、樺山忠征、大川平隆重の二子
宛先
大川平久兵衛殿
キーワード
高柳行文申状、高柳好左衛門行文、寛文十一年正月十一日、大川平久兵衛、大川平源太左衛門隆重、幼少伊東方、島津義弘、泗川戦、少数突撃、唐島合戦、義弘船救援、十三人切込、全員戦死、忠死、二子召出
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:188-14返書/公役人数・門前屋敷折衝旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

四月十一日町田久政書状

四月十一日、町田源左衛門久政が蒲地伊賀入道へ、移衆全員を公役に出すとの来札を了承し、ただちに申し渡すと回答した返書。当地から伊集院方面へ公役に出る者が多いため、当時伊作にいる公役人数を別紙に書き付けて持たせ、すでに解役された者は大野将右衛門来訪時に詳しく付け立てて渡したと伝える。追而書では、川辺の新城にいる山田藤内左衛門には蒲地側から事情を説明するよう求め、門前屋敷について比紀州の同意がないのではないかと懸念し、旧墨付を改めて見せる必要はないとの見方を示す。争論を長引かせず、存松が下した屋敷だとして申し遣わすよう助言し、当地で尋ねられても同趣旨で答えると約す。

登場人物
町田源左衛門久政、蒲地伊賀入道、山田藤内左衛門、大野将右衛門、存松、比紀州
宛先
蒲地伊賀入道殿
キーワード
四月十一日、町田源左衛門久政、蒲地伊賀入道、公役、移衆、伊集院、伊作、公役人数別紙、解役、大野将右衛門、川辺新城、山田藤内左衛門、門前屋敷、比紀州、旧墨付、存松