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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:54系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

三原氏系図

三原氏の系図。大職冠流の遠江守経重の男・経義から経俊へ続け、経義を三原兵部太夫とする一方、菊池領主将監則隆の三男または太郎経隆の四男とする異説も掲げる。後醍醐天皇から三原城を与えられた経俊が筑後国三原城に居住して氏としたと記すが、元弘・建武期の人物とすれば世代数が長すぎるとの考証注を付す。経重・為重・直重、正重・延重、朝重・正重・経由、重尭・重武・重国など多数の系線と官途を列挙する。後代の直重は藤八郎・左衛門督・入道泰安を称し、その代に初めて薩州へ下り、子孫は伊作家に仕えた。各系には枝岸・桜岸・渭釣・閑林・即心・無塵・雪領・青山などの道号・法名を付す。重秀は天文二年に永吉で戦死したとするが、頭注は天文三年甲午八月十四日であろうと訂正する。重益は日新・貴久・義久の加判に列し、法名昌安。末尾の重次は天文二十三年九月晦日に帖佐岩剣で戦死した。

登場人物
経義、経重、経俊、後醍醐天皇、菊池則隆、経隆、為重、直重、正重、延重、朝重、経由、重尭、重武、重国、常重、重好、貞重、忠重、経延、重宗、重常、安重、経家、惟重、重昌、重能、経永、重林、康重、経光、芳重、重時(異本『重明』)、重全、久重、重秀、重信、重家、重益、島津忠良(日新)、島津貴久、島津義久、重次
宛先
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キーワード
三原氏系図、大職冠流、経義、遠江守経重、三原兵部太夫、経俊、後醍醐天皇、三原城、筑後国三原城、氏号、元弘、建武、世代数考証、菊池則隆、経隆、異説、為重、直重、正重、延重、朝重、経由、重尭、重武、重国、常重、重好、貞重、忠重、経延、重宗、重常、安重、経家、惟重、重昌、重能、経永、入道泰安、薩州下向、伊作家奉公、枝岸、桜岸、渭釣、閑林、即心、無塵、雪領、青山、天文二年、天文三年八月十四日、永吉戦死、重益、日新、島津貴久、島津義久、加判、法名昌安、重次、天文二十三年九月晦日、帖佐岩剣、戦死
前編1-No.1352文書確認度 高

渋谷次郎丸代惟朝重訴状

渋谷次郎丸代惟朝が、伯父弥四郎重経は入来院塔原郷内田薗を証文なく押領し、二度の御教書にも参陳しないとして、違背を処罰し所務を回復するよう求めた重訴状。

登場人物
渋谷次郎丸代惟朝・伯父弥四郎重経
宛先
薩摩国入来院塔原郷
キーワード
渋谷次郎丸、惟朝、重訴状、弥四郎重経、入来院、塔原郷、押領、御教書違背
追録5-No.2703老中返書旧記雑録暫定版確認度 要

秋元凉朝書状

秋元但馬守凉朝が六月五日、松平薩摩守重豪へ、酷暑の折に使者を通じて公方の機嫌を伺った書状を受け取り、公方はますます健勝なので安心するよう伝える。献じられた琉球布一箱・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺を同僚と相談して披露した結果、「一段の御仕合」であると返答する。

登場人物
秋元但馬守凉朝(判)
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
六月五秋元凉朝重豪宛、酷暑使者公方見舞健勝安心、琉球布一箱砂糖漬天門冬一器赤貝塩辛一器泡盛酒二壺、各相談披露一段の御仕合
追録5-No.2705老中返書旧記雑録暫定版確認度 高

秋元凉朝書状

秋元但馬守凉朝が六月二十七日、松平薩摩守重豪の書状を受け取ったと返答する。公方の健勝と五月八日の東叡山御霊前参詣への重豪の祝意を承知し、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。

登場人物
秋元但馬守凉朝(判)
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
六月二十七秋元凉朝重豪宛、公方健勝、五月八東叡山御霊前参詣祝意、各相談上聞済