比企氏系図抄
年月日未詳 / 冊子 300~301頁/原整理番号 118
比企能員の子女を簡略に示す系図抄。能員の子として三郎・四郎・五郎と猶子の河原田次郎を掲げ、余一兵衛尉については母を渋河刑部丞の女と記す。三人の女子は、それぞれ笠原十郎左衛門尉親景、中山五郎為重、糟屋藤太兵衛尉有季の妻となったことを示す。現行確認用画像第2頁は次文書119『惟宗姓執印氏正統系譜』に付随する朱印・『伊地知氏珍蔵』印文の移行断片であり、比企氏系図本文は第1頁で完結する。
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年月日未詳 / 冊子 300~301頁/原整理番号 118
比企能員の子女を簡略に示す系図抄。能員の子として三郎・四郎・五郎と猶子の河原田次郎を掲げ、余一兵衛尉については母を渋河刑部丞の女と記す。三人の女子は、それぞれ笠原十郎左衛門尉親景、中山五郎為重、糟屋藤太兵衛尉有季の妻となったことを示す。現行確認用画像第2頁は次文書119『惟宗姓執印氏正統系譜』に付随する朱印・『伊地知氏珍蔵』印文の移行断片であり、比企氏系図本文は第1頁で完結する。
建久元年十二月一日条ほか / 冊子 255~256頁/原整理番号 24の4
『吾妻鏡』建久元年十二月一日条から源頼朝の右大将拝賀行列を抄出し、御剣役を務めた糟屋藤太有季の記事を検討する。建久七年正月・元久二年三月の記事も参照し、猿渡家が御剣役を担ったという家伝、忠久・忠公らの奉公、京都での取次関係を他の旧記と照合する。
年月日未詳 / 冊子 165~166頁/原整理番号 45
日奉姓の小川氏を日野宰相宗頼の末流とする系図。宗頼の流れが武蔵国へ移り、武蔵国内の西小川に居住したため小川を号したと由緒を記す。小川小太郎季能は宇治合戦の功によって甑島を与えられ、季直は甑島へ下向した。季有―季久―公季、久季―高季―久季、公季―季安―忠季、有季―尚常などの系線を掲げ、遠江守・前美濃守・伊勢守・越前守・中務大輔等の官途・通称を添える。忠季の妻を吉利下総女、有季の妻を島津義虎女とし、尚常については伊勢内記三男を実父とする養子関係を記す。