是枝快温等討取首注文
年月日未詳 / 冊子 317頁/原整理番号 352
寛永十五年二月二十八日未時、肥前国有馬原城本丸で討ち捕った首の注文。立会人は平田弥左衛門尉・出水衆伊尻三郎右衛門尉。家名不知の首一つのほか、是枝喜右衛門快温の被官春田九兵衛、同道具之者才蔵、定加子与次右衛門尉、市作、権介について各首一つを掲げ、合計六首となる。目録年月日欄は空欄である。編者注は『旧記雑録後編五』二一五四号文書と同文とする。
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年月日未詳 / 冊子 317頁/原整理番号 352
寛永十五年二月二十八日未時、肥前国有馬原城本丸で討ち捕った首の注文。立会人は平田弥左衛門尉・出水衆伊尻三郎右衛門尉。家名不知の首一つのほか、是枝喜右衛門快温の被官春田九兵衛、同道具之者才蔵、定加子与次右衛門尉、市作、権介について各首一つを掲げ、合計六首となる。目録年月日欄は空欄である。編者注は『旧記雑録後編五』二一五四号文書と同文とする。
二月廿九日 / 冊子 354頁/原整理番号 400
是枝喜右衛門尉(快温)が、寛永十五年二月二十八日に有馬原城本丸の屏内で伊尻三郎右衛門尉(祐永)が二度鑓をしたことを確かに見たとして、翌二十九日に伊尻へ渡した後証の証文。
二月十六日 / 冊子 149~150頁/原整理番号 263
川上久国・三原重庸が是枝快温・市来宗友・岩切信堯・川上久康へ、薩州様が前日に阿久根へ着く予定で、明晩には当地へ着く見込みだと伝えた。有馬へたびたび使者を送るため大小の船を集め、市来宗友が有馬へ渡るとの伊地知覚右衛門の報を踏まえ、三人で確実に相談して渡海するよう求める。
十一月十一日 / 冊子 493頁/原整理番号 626-5
相良頼元ら四名が、伴天連・キリシタン宗旨の禁制を受け、浦々で船上・陸上を問わず不審者が来た時は計略で捕らえ、鹿児島へ直ちに報告するよう命じる。船で来た者には鉄炮を撃たず、策略で上陸させて捕縛することを浦役人へ厳命し、状を確認した旨の返報を求める。
年月日未詳 / 冊子 764頁/原整理番号 815
市来八左衛門宗友を中取、岩切信尭・川上久康を物奉行、平田宗直・是枝快温を船奉行として米津に詰めさせたことを記す。川越三右衛門重能は京泊に詰め、舟手・兵糧を担当する。この日、高原士某が供夫一人を伴い米津に到着したと付記する。