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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

5 件 (全巻)/ 1–5件を表示

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後編2-No.696記事確認度 高

島津義弘譜

天正十八年九月下旬から十月にかけ、龍伯(島津義久)が大坂・京都を往来し、近衛前久・宗叱・徳雲らの招きで茶会・酒宴・連歌を楽しんだ経過を記す島津義弘譜の記事。 東魯の徳義門では明人の学者から中国の文物・詩文・武具の講義を受け、事情を聞いた義弘も入洛した。島津兄弟が上方の公家・僧侶・海外知識人と接した文化史上興味深い記事である。

登場人物
島津義弘、島津義久(龍伯)、近衛前久、宗叱、徳雲、明人文人
宛先
—
キーワード
島津義弘、島津義久、龍伯、近衛前久、宗叱、徳雲、大坂、京都、茶会、酒宴、連歌、明人、中国文化、武具
後編3-No.1017文書確認度 高

島津惟新書状

島津義弘(惟新)が又八郎に、大明の人質「ういひん」を春に薩州から明へ渡すよう命じられたと伝える。内府徳川家康が明へ送る書状をたい長老が調えたので、又八郎も加判するよう求め、詳細は本田源右衛門尉から聞いて確実に処理するよう命じる。日本と明の和平は前代未聞の重大事であるため、渡航船の乗員も改め、慎重を期すよう重ねて注意する。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(又八郎)、徳川家康(内府)、本田源右衛門尉、たい長老、大明人質ういひん
宛先
又八郎殿
キーワード
島津惟新書状、又八郎、大明人質ういひん、薩州、渡唐、徳川家康、内府、明宛書状、たい長老、加判、本田源右衛門尉、日本明和平、乗船者改、正月十九日
島津世禄記-A49記事関連史料(外伝)確認度 高

琉球国八重山島異国人来事

琉球国八重山島の地理と、異国船の漂着・処置を記す。八重山島は首里から百七十四里離れ、南風で渡り北風で帰るため往復は年一度ほどと説明する。寛永十六年八月十八日、石垣港へ福州の船が漂着し、大明人十四人・南蛮人六十八人が乗っていた。通事は、呂宋から高砂へ渡る途中に逆風を受けて漂着したと述べる。島役人は彼らを上陸させて保護し、翌年七月十二日に琉球側から薩摩・鹿児島へ送った。馬場利重が江戸幕府へ経緯を報告すると、家光は八重山島役人の働きを賞し、漂着者が載せてきた宝物を褒美として島役人へ与えた。薩摩藩の琉球支配下における漂着外国人の保護・移送・幕府報告・褒賞を示す記事である。

登場人物
島津光久、徳川家光、馬場三郎左衛門尉利重、八重山島役人、通事、大明人十四人、南蛮人六十八人
宛先
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キーワード
八重山島、異国船漂着、福州船、呂宋、高砂、大明人、南蛮人、幕府報告
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID G:327-1覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

佐多久英覚書

佐多久英の覚書。豊臣秀吉の朝鮮出兵に際する島津家の軍役、龍伯・惟新らの動き、出兵の準備や褒賞に関する経緯を述べる。

登場人物
佐多久英、佐多民部、一嶋津様御両殿、御奉、金吾、太高、一嶋津、奥之
宛先
一嶋津様御両殿公加徳嶋、高麗、金吾、太高、一嶋津、奥之、又奥之、御両、為心、光門、御両様、為心様、光門様、伊勢兵部、帖佐衆、明日御城之、御城、従大明猛勢将軍日本、為質人嶋津殴、瀬戸口、申嶋、釜山浦、一其後大明人加藤監陳、嶋津、御両殴、大高、
キーワード
佐多久英覚書、朝鮮出兵、領地・地頭職、軍事・武具、薩摩、朝鮮、高麗、伊勢
後編3-No.1055記事確認度 高

征韓録

明人の都司渭濱茅國科が薩摩に来て宇都宮弥三郎の旧宅に滞在し、島津忠長と書簡を交わしたのち、同年四月ごろ明国へ送り帰された経緯を記す。

登場人物
渭濱茅國科、宇都宮弥三郎、島津忠長(図書頭)
宛先
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キーワード
征韓録、渭濱茅國科、宇都宮弥三郎、島津忠長、明人、薩摩滞在、書簡、帰国