後編2-No.626記事確認度 高
天正十八年・十九年覚書
年月日未詳 / 冊子 457頁
天正十八年の小田原陣に続き、天正十九年正月の貴明公の下向、同年九月の松齢公の伏見からの帰国と人質番組を列挙する。 さらに同年冬の高麗渡海命令、十二月に貞明公が名護屋へ加わったことを記し、豊臣政権下で島津家が相次いで軍事動員を受けた経過を簡潔にまとめた覚書である。
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年月日未詳 / 冊子 457頁
天正十八年の小田原陣に続き、天正十九年正月の貴明公の下向、同年九月の松齢公の伏見からの帰国と人質番組を列挙する。 さらに同年冬の高麗渡海命令、十二月に貞明公が名護屋へ加わったことを記し、豊臣政権下で島津家が相次いで軍事動員を受けた経過を簡潔にまとめた覚書である。
(天正18年)正月8日 / 冊子 459頁
島津義弘が、又一郎の関東出陣に際して供を務めるよう佐多宮内少輔へ命じた書状。 危険の多い遠征であるため忠節を尽くし、又一郎を高城まで無事に伴うよう求める、小田原陣直前の随行命令である。
年月日未詳 / 冊子 74頁/原整理番号 63の7
大村重頼自記から、天正十八年の北条不服と太閤の小田原出馬に伴い、又市郎殿が正月十一日に飯野を発った経緯を引く。久保が石田治部少輔の陣で太閤に仕合を披露する話、有川雅楽助らを挙げた300人の賦、伊集院右衛門太夫のほか御小童・御道具・御馬取衆を含む鹿児島からの動員を記す。
(天正18年)2月15日 / 冊子 460~461頁
能真が上井入道へ、関白豊臣秀吉が琉球国王に与えた書状、渡海船の手配、京都での相談、小田原陣後の情勢を詳しく伝えた返書。 琉球側の返答や渡海準備が進まない事情、船と使者の差配、関係者との面談を述べ、豊臣政権の対琉球交渉を島津方へ伝達する実務を示す。