大島忠泰書状
年月日未詳 / 冊子 650~651頁
大島忠泰が内方へ、留守宅の火の用心を徹底し、仲兵衛の黒役や家中の作事について下代衆へ指示するよう頼む。 小吉・宮役殿・弥太右衛門らへの伝言、手紙や贈物の受け渡し、船を出す日取りについても細かく書き、三~五日中の好日を見て出船すると知らせる。 在外中の夫が妻へ家政・人間関係・輸送を託し、「心遣いあるまじく」と安心させる、生活感の濃い私信。
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年月日未詳 / 冊子 650~651頁
大島忠泰が内方へ、留守宅の火の用心を徹底し、仲兵衛の黒役や家中の作事について下代衆へ指示するよう頼む。 小吉・宮役殿・弥太右衛門らへの伝言、手紙や贈物の受け渡し、船を出す日取りについても細かく書き、三~五日中の好日を見て出船すると知らせる。 在外中の夫が妻へ家政・人間関係・輸送を託し、「心遣いあるまじく」と安心させる、生活感の濃い私信。
(慶長七年)八月十七日 / 冊子 837頁
島津龍伯が忠恒へ、小吉ら使者二人の到着と書状披見を報じる。直ちに返答せず惟新と相談してから伝えるとし、有方からの先の早打が慌ただしく通過した事情を詳しく尋ねて知らせるよう求めた。
宝暦十一年十二月二十八日 / 冊子 893頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書2625
島津重豪が十二月二十八日、仁禮小市の加冠に際し、仮名を小吉とするよう書き出す。「加冠」「宜為」の文言と日付・両名を掲げ、重豪公の墨印がある。
廿日 / 冊子 379~380頁
小吉へ送った捻りの件を了承し、船越殿が十四、五日ごろ来訪する見込みなので、それまでに関係者と相談して演目らしき事柄を整え、早く聞き取って稽古するよう促した島津家久書状。
明和四年亥十二月十五日 / 冊子 181頁/原整理番号 446/整理ID 446
仁禮彦袈裟の加冠に際し、仮名を仲太郎とすることを「宜爲」と書き出す。明和四年亥十二月十五日付で重豪公墨印の表示を備える。正文は仁禮小吉のもとにあるという。命名者の重豪、書出しの対象である仁禮彦袈裟、仮名仲太郎、正文所在の仁禮小吉をそれぞれ区別する。
元和七年十二月七日 / 冊子 152頁/原整理番号 102
元和七年十二月七日の「五日二番矢闌次第」。次手論犬追物手組として島津長十郎四疋、仁礼小吉四疋、伊勢大隅守二疋などを記し、検見を島津十郎左衛門尉、喚次を蒲池左八郎とする。
寛永十八年十一月四日 / 冊子 169~170頁
佐多門弥ら十二名が、召し出された際には命令に従い、内密の事柄を漏らさず、徒党や企てに与せず、不正を知れば申し上げ、親類・縁者をえこひいきしないことなどを誓った連署起請文。違背した場合には梵天・帝釈、国内諸神、熊野権現ほか多数の神仏の罰を受けるとする。
(慶長五年)八月廿日 / 冊子 566頁
島津義久(龍伯)が、久しく音信が途絶えたことを詫び、上方の思いがけない騒乱に際して祈念のため小吉味十座分を差し上げると伝える。当家安全のため神前で懇ろに祈祷するよう依頼する書状。