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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
追録6-No.1103達書旧記雑録暫定版確認度 中
安永二年十月日(日付の数字は空欄) / 冊子 393頁/原整理番号 1103/整理ID 1103
射術の修練に出精することを第一条とする。大人数の稽古では礼譲を守り、若年の者は師匠家だけに教えを受けるのではなく、年長の者も流儀に限らず指導し、行儀を正しくして風俗をよくする。他流を非議し、他人の芸を「さみす」ことを禁ずる。日々の稽古を終えた後は座席と囲内を取り散らさず、少しの破損に気付いた段階で御目附へ知らせ、大破するまで放置しないよう求める。以上を堅く守るよう命じる四条の心得。末尾は安永二年十月日で、日付の数字は記されていない。正文は家老座にある。
- 登場人物
- 稽古人、若年の者、年長の者、師匠家、御目附
- 宛先
- 稽古人(独立宛書なし)
- キーワード
- 武芸修練、礼譲、年長者の指導、流儀、他流非議禁止、座席・囲内、破損の早期通報
追録1-No.172記事旧記雑録暫定版確認度 高
正保四年十一月十三日・十一月十六日・十二月二日 / 冊子 92頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書0172
綱久公御譜中。家伝射術である犬追物を光久が十一月十三日に王子村で家光の台覧に供し、綱久も随従した由緒を記す。家光が綱久へ宝刀一腰を賜り、綱久も脇指一腰を進献した。十六日に登営して犬追物上覧の恩を謝し、十二月二日には西丸で謝恩し家綱から宝刀一腰を賜った。詳しくは光久の譜に見えるという。
- 登場人物
- 島津綱久、徳川家光
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津綱久、島津光久、家光、家綱、王子村、犬追物、家伝射術、宝刀一腰、脇指一腰、西丸、謝恩
追録1-No.1765記事旧記雑録暫定版確認度 中
年月日未詳 / 冊子 692頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1783
北郷久加譜中に、延宝七年十月一日に綱貴へ願い出て剃髪し松雲と名乗り、長興山紹太寺の鉄牛和尚の禅関に入り、見之和尚の語録も参照したと記す。和歌・射術・剣術等を学び兵法を伝え、老後は法華経を総計六千部読誦し、父の追福と孫子の栄えを願った。
- 登場人物
- 北郷久加、島津綱貴、鉄牛和尚
- 宛先
- —
- キーワード
- 北郷久加、島津綱貴、松雲、鉄牛和尚、得度、禅、和歌、射術、剣術、兵法、法華経、石塔、記事
追録8-No.913-1馬術射術鎗術長刀の師家を免じ希望者への指南は許す達旧記雑録暫定版確認度 中
明治2年九月(日不記)知政所 / 冊子 696~697頁/原整理番号 913の1/整理ID 913-1
通達留。馬術の比志嶋静馬・町田平・高橋甚五兵衛、射術の高田十郎右衛門・東郷長左衛門・伊集院半五右衛門・平田平六・木上源五郎、鎗術の梅田九左衛門・白尾登五右衛門、長刀の田代宗次郎を列記する。これらは師家として置いていたが、諸術の実用の利が少ないという達の評価から、各人の師家を免じる旨を本人と関係先へ伝える。但し望む人にその術を指南することは差し支えないとする。明治二巳九月、知政所。師家の役と私的な指南の但書を区分し、武術自体の全面禁止や各人の能力への現代評価、指南実績は補わない。
- 登場人物
- 知政所、比志嶋静馬・町田平・高橋甚五兵衛、高田十郎右衛門・東郷長左衛門・伊集院半五右衛門・平田平六・木上源五郎、梅田九左衛門・白尾登五右衛門、田代宗次郎、指南希望者
- 宛先
- 列記した師家本人、関係向々
- キーワード
- 原913の1通達留馬術師家比志嶋静馬町田平高橋甚五兵衛射術高田十郎右衛門東郷長左衛門伊集院半五右衛門平田平六木上源五郎鎗術梅田九左衛門白尾登五右衛門長刀田代宗次郎實用利少評価師家差免但懇望指南可明治二巳九月知政所
追録8-No.1279家扶書状控旧記雑録暫定版確認度 中
明治14年5月17日・20日 / 冊子 984頁/原整理番号 1279/整理ID 1279
袖ヶ崎邸の家扶が磯邸の家従へ、五月九日の天皇の別邸臨幸と犬追物天覧、本邸での昼食・庭園遊歩、東郷重持の射術と琵琶歌、夜九時三十分の還幸までを報告する。十三日の皇大后・皇后行啓も滞りなく済んだと知らせ、玉里邸への披露を依頼する。五月二十日付の朱書回答は報告を受領し、玉里邸へ伝える旨を返す。
- 登場人物
- 袖ヶ崎邸御家扶(五月十七日便)/回答者名記載なし(五月二十日付朱書)
- 宛先
- 磯邸御家従(五月十七日便)/回答の宛名記載なし(五月二十日付朱書)
- キーワード
- 島津忠義、明治天皇、皇大后、皇后、臨幸、行啓、犬追物、庭園、東郷重持、琵琶、玉里邸、家従、家扶
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 719-1編者記事・弓の武功旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
年月日未詳 / 冊子 692頁/原整理番号 719の1
元日の城攻めで寄手が崩れた際、伊集院の四本縫殿忠綱が三原重庸の馬を引き返させ、弓の使い所は今だと攻撃へ向かわせたという。重庸は薩州の使者三原左衛門佐と名乗り、最後尾から退きつつ多数の矢を放ち、兜の前立を鉄砲で二か所射抜かれた。武功が諸陣や遠国に伝わり、射術の師家からこの日祝賀書状が届いたと記す。
- 登場人物
- 四本縫殿忠綱 三原重庸 三原左衛門佐
- 宛先
- なし(記事)
- キーワード
- 元日 城攻め 弓 三原重庸 四本忠綱 前立 賀書