後編5-No.719文書確認度 中
島津久慶外二名連署条書
(寛永十一年)五月廿日 / 冊子 427~428頁
奥方関係の知行配当、福昌寺・南林寺・正八幡など寺社領の扱い、根占安千代と嶋伊勢鶴の知行・加増等を定めた連署条書。
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(寛永十一年)五月廿日 / 冊子 427~428頁
奥方関係の知行配当、福昌寺・南林寺・正八幡など寺社領の扱い、根占安千代と嶋伊勢鶴の知行・加増等を定めた連署条書。
天文十一年十二月十五日 / 冊子 808頁
新納家の衰微を嘆いた安千代丸が、家の再興を神明に祈り、所領の米百石を神徳安千代丸へ分けて進献することなどを願い誓った願文。
(大永四年)九月十三日 / 冊子 647頁
島津忠朝が新納忠勝に、串良院の処置と安千代殿の進退、志布志衆への対応を伝え、協力を求めた書状。
十月廿日 / 冊子 118~119頁
島津忠朝が新納に、安千代への懇意や楠間での一夜滞在について取り計らいを求め、音問への謝意を述べた書状。当所の神事は親の代から恒例に行っており、見物に来るよう勧め、委細は使者に託す。
年月日未詳 / 冊子 559頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1311
島津光久の男女二十七人目の女子安千代について、寛文九年九月十日に生まれ、母は家の女房であり、のちに家臣肝付帯刀兼柄の室となったことを記す系譜抄。
天文11年(壬寅)12月15日 / 冊子 194頁/原整理番号 14
社家の焼失と再興に関する書付。先祖兼親の代に社家が攻められ、神宝や文書を失ったとの事情を述べ、天文十一年十二月十五日付の藤原安千代丸の名を記す。