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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:157-7覚書・牛屎氏系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

天文十二年三月廿七日牛屎実元覚書

天文十二年三月二十七日、牛屎平次郎実元が『大平家覚書系図一通』として家の由緒を記した覚書を起点とする最終の系図記事。永禄五年に貞幸院司北原兼隆が早世した後、当家一族が忠平公へ奉公し、栗野へ移ったことを記す。後続の元秋・重綱らの条には、天正六年の日州高城での大友軍との合戦、肥前・筑州などへの出陣、義弘公の供奉、栗野・飯野・帖佐・加治木等への居住地の移動が記される。さらに元貞ら子孫の軍役や恩賞、嫁入り・養子・改名、子女の出生・没年を正徳年間まで書き継ぎ、末尾には系図の人名上の丸印と罫線が朱書であると注記する。天文十二年の実元覚書と後代の追記を一つの同時成立文書とみなさず、系図の記述として扱う。

登場人物
牛屎平次郎実元、忠平公、義弘公、元秋、重綱、元貞、元辰、元次、元能、元長、元通
宛先
宛先の記載なし
キーワード
天文十二年三月二十七日、牛屎平次郎実元、大平家覚書系図、北原兼隆、忠平公、栗野、元秋、重綱、天正六年、日州高城、大友軍、義弘公、飯野、帖佐、加治木、元貞、軍役、婚姻、養子、改名、正徳、朱書
前編2-No.2459-2文書確認度 高

勝岡諏訪大明神棟札

勝岡諏訪大明神について、野々三谷の知行と本所への還着、伊東代の造立、本地の奉安を記し、天文十二年正月十八日に還宮した旨を記す棟札。

登場人物
和田越後守
宛先
—
キーワード
勝岡諏訪大明神棟札、諏訪大明神、野々三谷、伊東氏、還宮、和田越後守、天文十二年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:111系図・種子島時述家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

種子島時述家系図

種子島氏十二代武蔵守忠時の四男・出雲守時述から始まる系図。時述が天文十二年に逆意を企てて誅せられると、天文十年生まれの幼い時連は乳母に抱かれて種子島を出て国分辺に隠れ、のち島津家に仕えたと記す。後代には家久・光久への奉公、江戸での長年の勤仕と功労による三百石拝領、南郷家などとの婚姻・養子関係を載せる。時寿の跡をめぐっては、養子時定が家を辞し、寛文九年に光久の庶子松寿君を迎えたが、時寿の死後に松寿君も辞したため時章が継いだと記す。祖の処刑・幼児の避難と、後代の複数回の養子交代が家系継承の中心となっている。

登場人物
種子島忠時、時述、時連、時秀、時寿、時章、時定、松寿君、島津光久、南郷右京忠清、権山権左衛門久清
宛先
なし(系図)
キーワード
種子島時述家系図、種子島忠時、出雲守時述、天文十二年、逆意、誅殺、時連、乳母、種子島脱出、国分、島津家臣、江戸勤仕、三百石、南郷家、時寿、時定、松寿君、寛文九年、島津光久、時章、養子、家督継承
前編2-No.2451記事確認度 高

日向記

天文十二年三月二十八日、伊東義祐が豊州方の鵜戸烏帽子形城を四方から包囲・攻撃した戦況を記す。下田隠岐守・薩摩坊頼運ら城方が抵抗し、伊東勢は直ちに攻略できなかった。攻城側・守備側の武将の働きと双方の損害を具体的に伝える。

登場人物
伊東義祐、豊州方、下田隠岐守、薩摩坊頼運
宛先
—
キーワード
日向記、伊東義祐、鵜戸烏帽子形城、包囲、攻城、下田隠岐守、薩摩坊頼運、天文十二年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:13-5同文省略・島津忠国書状/牛屎・淵辺家系譜・家伝旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津忠国書状(同文省略)・牛屎淵辺家系譜

冒頭は『諸家系図文書』10の7号文書と同一のため島津忠国書状を省略する。参照先は忠国が牛屎へ、菱刈方から詳細を聞いて早く来訪・決断するよう催し、対面を望んだ二月二十日付書状である。久元(牛屎越後守・法名光久)は永享十年の福昌寺仏殿造営勧進で、羽月元忠・山野頼元・北原久兼ら八十七人とともに馬一疋分の代銭を奉加した。歓元(同越後守・法名光秀)は文正二年梅雨吉日に牛屎家系図一巻を作り、薩摩守陳元から元親までの系譜を収め、文正元年から文明九年までの島津家系図・覚書も伝えた。応仁元年、牛屎院の兵乱で一門が日向真幸院へ移り、北原家との親族関係を頼ったこと、元親が大隅守・法名梅岳源春を称したこと、重元が永正六年に六十余歳で鷹書一冊二十五枚を書いたことを記す。天文十二年三月二十七日、実元は牛屎家先祖を覚書や本朝の大家系図と照合して記し、宗実兄弟が源頼政嫡子・仲綱の娘を母とし、建久七年に頼朝の恩免を受けて遠流先の薩摩へ下向し、羽月・山野・平泉を与えられ、子孫が牛屎・淵辺を称したとの家伝を載せる。元継の女子は兄弟不和のなか系図・文書を保持し、国分御前様に仕えた後に加藤金右衛門へ嫁いだため古文書が加藤家へ伝わり、頼朝御教書は公用のため提出されたとする。淵辺主計元継は慶長・元和の上地や宮越との田地争論で知行を減らし、寛永頃には約十石となった。弥兵衛は家に凶事が多く繁昌しないため母方の淵辺へ名字を改め、肥後の聖山伏を氏神として正宮・荒神宮に祀ったとし、元亀三年五月四日の真幸院における義弘と伊東家の合戦で五十四歳で戦死した。元秋は栗野に生まれ、父の戦死後に飯野・栗野を移り、伊東・大友との戦いを経て天正十五年豊後で戦死した。重綱は井手石氏の養子となり川上忠智に仕え、肥前深江・筑州岩屋城・朝鮮で戦い、朝鮮で左手を負傷して退き、加治木・鹿児島へ移って八十四歳で没した。元貞は父元秋の戦死後、十三歳で義弘に召し出され、吉松鶴丸村二十五石と栗野木場村三十石、計五十五石を与えられた。十五歳で義弘に従って朝鮮へ渡り、忠恒に近習・小姓として仕え、良右衛門の名、包清の脇指や衣裳を拝領し、のち帖佐・平松・加治木・鹿児島へ移住して、万治元年に百二十三石を持って隠居した。

登場人物
島津忠国、牛屎、久元(牛屎越後守・法名光久)、牛屎越後守久元、羽月豊後守元忠、山野因幡守頼元、北原周防守久兼、歓元(牛屎越後守・法名光秀)、元親(右衛門尉・法名梅岳源春)、重元(牛屎権守・法名龍永)、実元(牛屎平二郎)、盛元(牛屎権之允)、宗実、源頼政、伊豆守仲綱、源頼朝、忠齊、元継(淵辺主計・牛屎隠岐)、加藤金右衛門妻、国分御前様、宮越、弥兵衛(牛屎・淵辺、法名一庵道慶)、島津義弘、伊東家、弥兵衛妻(妙金禅定尼)、元秋(淵辺平五郎・平内左衛門、法名祖栄昌範)、元綱、元次、元英、元智、元任、元珍、元矩、井手石五郎兵衛重綱(月江浄西)、川上忠智、川上忠堅、元貞(淵辺宮千代・平内左衛門・良右衛門、法名善林宗樹)、島津忠恒、豊臣秀吉
宛先
牛屎殿(参照先w6:10-7の宛所)
キーワード
島津忠国書状、同文省略、諸家系図文書10の7、牛屎家、淵辺家、福昌寺仏殿造営、馬代銭奉加、八十七人、歓元、文正二年牛屎家系図、島津家系図、応仁元年牛屎院兵乱、日向真幸院、北原家、重元鷹書、天文十二年実元覚書、宗実、源頼政、伊豆守仲綱、建久七年、頼朝恩免、薩摩下向、羽月、山野、平泉、加藤金右衛門妻、国分御前様、古文書伝来、頼朝御教書、上地、田地争論、名字変更、牛屎から淵辺、正宮、荒神宮、元亀三年真幸院合戦、島津義弘、伊東家、天正十五年豊後戦死、井手石重綱、肥前深江、筑州岩屋城、朝鮮出兵、左手負傷、元貞、五十五石、忠恒近習、小姓、包清脇指、帖佐、加治木、鹿児島、万治元年、百二十三石
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:30-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津忠貞寄進状

島津忠貞が清徳寺へ宛てた寄進状。武蔵国荏原郡北品川にある寺領の土地を同寺に寄進すると記す。天文十二年九月六日付。

登場人物
島津忠貞寄進状、嶋津
宛先
彼寺
キーワード
島津忠貞寄進状、寺社・宗教
前編2-No.2446記事確認度 高

島津国史

天文十二年、種子島へ漂着した異国船から鉄砲と火薬調合の技術が伝わった経過を記す。種子島時堯が鉄砲を買い取り試射し、篠川小四郎・織匠に製造を命じた。技術が紀伊へ渡り、堺商人や和泉橘屋又三郎を介して国内へ普及したことを伝える。

登場人物
種子島時堯、篠川小四郎、織匠、堺商人、和泉橘屋又三郎
宛先
—
キーワード
島津国史、種子島時堯、鉄砲、火薬、異国船、漂着、製造、紀伊、堺、伝来
前編2-No.2448記事確認度 高

庄内平治記

天文十二年正月二十四日、北郷忠相が伊東方の守る山田城を攻め、北原氏の旧領回復を図った戦いを記す。出陣前に霧島へ戦勝を祈誓し、白坂左衛門尉・釘村伊豫守らを配して城を包囲・攻略し、城主らを退けて山田城の支配を回復した。

登場人物
北郷忠相、伊東氏、北原氏、白坂左衛門尉、釘村伊豫守
宛先
—
キーワード
庄内平治記、北郷忠相、伊東氏、北原氏、山田城、正月二十四日、霧島、攻城、旧領回復
前編2-No.2453記事確認度 高

北郷忠相譜

天文十二年五月九日、忠相が数千の兵で志和池城を攻め、柳川原口・安永・山田方面から進撃して城兵と戦った。勝岡・山之口方面の戦功も記す。

登場人物
北郷忠相、北原氏、柳川原口衆、安永衆、山田衆
宛先
—
キーワード
北郷忠相譜、北郷忠相、志和池城、柳川原口、安永、山田、五月九日、攻城
前編2-No.2454記事確認度 高

北郷忠親譜

天文十二年五月、北郷忠親方が北原領の志和池城を攻めた合戦記事。黒丹後・有田加賀らが火矢を射かけて城内へ進入し、伊東・北原方の城兵と交戦した。敵が退散して城を占領した後、攻城で功を挙げた将兵へ褒賞を与えた経過を記す。

登場人物
北郷忠親、北原氏、伊東氏、黒丹後、有田加賀
宛先
—
キーワード
北郷忠親譜、北郷忠親、北原氏、伊東氏、志和池城、火矢、攻城、褒賞
前編2-No.2457記事確認度 高

北郷久文譜

天文十二年五月、忠相が志和池城を攻略した後、北郷久文を同地の地頭職に任じたことと、その後の久文の動向を記す。

登場人物
北郷久文、北郷忠相、伊東氏
宛先
—
キーワード
北郷久文譜、北郷久文、北郷忠相、志和池城、地頭職、伊東氏
前編2-No.2458記事確認度 高

庄内平治記

天文十二年五月九日、北郷忠相が周辺諸城の兵を集めて志和池城を包囲した戦いを詳述する。柳川原口・安永・山田諸衆が火矢を射かけ、城内へ突入した。伊東・北原方の援軍を撃退して城を占領し、攻城で功を挙げた将兵へ褒賞を与えた。

登場人物
北郷忠相、伊東氏、北原氏、柳川原口衆、安永衆、山田衆
宛先
—
キーワード
庄内平治記、北郷忠相、志和池城、伊東氏、北原氏、包囲、火矢、援軍、褒賞
前編2-No.2456文書確認度 高

北郷忠親宛行状

北郷忠親が又五郎に、高城合戦で抽んでた戦功と志和池城攻略での忠節を賞し、所領を宛行った文書。

登場人物
北郷忠親、北郷又五郎
宛先
北郷又五郎殿
キーワード
北郷忠親宛行状、北郷忠親、北郷又五郎、高城合戦、志和池城、戦功、忠節、宛行
前編2-No.2461文書確認度 中

島津貴久書状

島津貴久が本田紀伊守らに、珠玄・与風の来訪への謝意を述べ、今後も隔意なく連絡し、時宜に応じて人を送るよう求めた書状。

登場人物
島津貴久、本田紀伊守、三郎左衛門尉、珠玄、与風
宛先
本田紀伊守殿、三郎左衛門尉殿
キーワード
島津貴久書状、島津貴久、本田紀伊守、三郎左衛門尉、珠玄、与風、連絡、神無月十三日