後編5-No.830文書確認度 中
島津家久書状
(寛永十二年)五月十四日 / 冊子 479~480頁
島津家久が島津久慶の母へ、喜入忠高の死を悼み、突然の出来事で夢とも現ともつかない悲しみであろうが、帰らぬ道であるため心を慰め、親族にもよく言い聞かせるよう伝えた仮名の弔慰書状。
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(寛永十二年)五月十四日 / 冊子 479~480頁
島津家久が島津久慶の母へ、喜入忠高の死を悼み、突然の出来事で夢とも現ともつかない悲しみであろうが、帰らぬ道であるため心を慰め、親族にもよく言い聞かせるよう伝えた仮名の弔慰書状。
年月日未詳 / 冊子 480頁
島津久慶の妹で喜入忠高の妻であった女性が、忠高の死後の四月十八日に病死し、島津家久が久慶側へ弔慰書状を送り、書中で夫妻の死を繰り返し嘆いたことを記す系譜記事。
年月日未詳 / 冊子 479頁
喜入美作守忠高が寛永十二年三月五日に病死し、訃報を受けた島津家久が五月十四日に島津久慶の母へ自筆の仮名書状を送り、婿にあたる忠高の死を慰めたことを記す系譜記事。
(寛永十二年)五月廿三日 / 冊子 480頁
島津家久が弾正殿の母へ、相次いだ夫妻の死で二人の子が両親を失った悲しみを述べ、西行の歌を引きながら世の無常を説き、嘆きを鎮めるよう勧めた仮名の弔慰書状。自身の帰国時期にも触れる。