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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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19 件 (全巻)/ 1–19件を表示

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後編4-No.562文書確認度 高

樺山久高書状

四月五日、樺山久高が喜入久正に、琉球王が王城を下り降伏したこと、王以下の有力者を人質として渡海させる旨を申し渡したこと、都島・久米島への人衆派遣の可否、翌月の帰登見込みを報告した書状。

登場人物
樺山久高、中山王、喜入久正
宛先
喜入久正(大炊助)
キーワード
樺山久高書状、喜入久正、中山王、降伏、人質、都島、久米島、派兵、琉球占領
後編5-No.449文書確認度 中

島津家久書状

久しぶりに対談できたことを喜び、寒中の養生を怠らないよう勧める。江戸に置いてある『古今集』『伊勢物語』の切紙について、必要なものを書き付けて知らせれば、後日その地へ出向いて直接伝授すると約した島津家久の書状。

登場人物
島津家久、喜入久正(紹嘉)
宛先
紹嘉(喜入久正)
キーワード
島津家久、喜入久正、紹嘉、対談、養生、古今集、伊勢物語、切紙、江戸、伝授
附録2-No.883文書確認度 高

島津家久書状

毎年の例により八月二十五日に萩原天神で法楽連歌があるため、萩を題とする発句を書き送り、遠慮なく意見を述べ、皆で入念に見分して良ければ点を付けるよう求めた島津家久書状。

登場人物
島津家久、喜入久正、猿渡氏
宛先
喜入久正
キーワード
島津家久、喜入久正、萩原天神、法楽連歌、発句、萩、点者
後編4-No.551文書確認度 高

喜入久正外二名連署寄進状

慶長十四年三月十五日、喜入久正ら三名が宮内最雲寺に寄進した薬師免の目録。内山田村内の屋敷・田畠を所在地、反別、石高とともに列記する。

登場人物
喜入久正、平田宗親、山田理安
宛先
宮内最雲寺
キーワード
連署寄進状、喜入久正、平田宗親、山田理安、宮内最雲寺、薬師免、内山田村、屋敷、田畠
後編4-No.736文書確認度 高

喜入久正・本田正親連署寄進状

慶長十五年九月朔日、喜入久正・本田正親が連署し、正八幡宮の拝殿へ経筵十帖を寄進したことを証する寄進状。恒例ではないため、後証として墨付を作成した旨を記す。

登場人物
喜入久正、本田正親
宛先
正八幡宮
キーワード
連署寄進状、喜入久正、本田正親、正八幡宮、拝殿、経筵十帖、寄進、後証
後編4-No.787文書確認度 中

島津惟新・喜入久正追悼歌

島津義弘(惟新)と喜入久正らによる島津義久追悼歌。義久を文武の車の両輪・鳥の双翼のように備わった名君と称え、九州統一に迫った威徳、民への慈愛、死後の深い悲嘆を和歌に詠む。

登場人物
島津義弘、喜入久正、島津義久
宛先
—
キーワード
島津義弘追悼歌、喜入久正、島津義久、惟新、文武、九州、威徳、慈愛、追悼和歌
附録1-No.131文書確認度 中

平田宗親・喜入久正連署書状

平田宗親と喜入久正が、新田宮への社参や鹿児島方への連絡などについて連署した書状。現地の扱いは旧冬の申し付けを維持し、内々の書札を用いること、名の処置については五大村の希望に応じて行う方針を伝える。

登場人物
平田宗親、喜入久正、新田宮、鹿児島方、五大村の関係者
宛先
(宛所記載なし)
キーワード
平田宗親、喜入久正、新田宮、鹿児島、社参、書札、五大村、内証、処置
後編4-No.523文書確認度 高

喜入久正外二名連署知行目録

慶長十三年十二月二十四日、日向国大崎今田村内の浮免三十石を、渡海時の軍役と高麗退治での働きに対する加増として児玉四郎兵衛尉へ配分した連署知行目録。

登場人物
喜入久正ほか二名、児玉四郎兵衛尉
宛先
児玉四郎兵衛尉
キーワード
連署知行目録、喜入久正、児玉四郎兵衛尉、日向国、大崎、今田村、浮免、三十石、高麗退治、加増
後編4-No.524記事確認度 高

児玉筑後譜

児玉筑後譜の記事。慶長十三年、児玉四郎兵衛尉が軍功によって十二月二十四日に大崎今田村内三十石を与えられ、喜入久正・平田宗親・山田理安から知行目録を受けたことを記す。

登場人物
児玉筑後、児玉四郎兵衛尉、喜入久正、平田宗親、山田理安
宛先
—
キーワード
児玉筑後譜、児玉四郎兵衛尉、喜入久正、平田宗親、山田理安、大崎、今田村、三十石、軍功
後編2-No.870記事確認度 高

島津義久譜

肥前名護屋で徳川家康が大病を患った際、島津義久が秘蔵の薬と処方を提供し、典薬らの診療を助けたという記事。 家康は薬を服用して回復し、義久に謝意を示したとされ、朝鮮出兵の本営で生じた大名間の医療交流を伝える珍しい逸話。

登場人物
島津義久、徳川家康、豊臣秀吉、喜入久正、典薬
宛先
—
キーワード
島津義久、徳川家康、豊臣秀吉、肥前名護屋、病気、薬、典薬、喜入久正、治療、医療交流
後編4-No.355文書確認度 高

山田理安外二名連署寺領目録

慶長十二年五月十七日、隅州桑原郡内の寺領として、見次村内の皮籠屋敷一か所、高二十石を定めた三名連署寺領目録。

登場人物
山田理安、喜入久正、平田久兵衛尉、宗親
宛先
—
キーワード
寺領目録、隅州桑原郡、見次村、皮籠屋敷、二十石、山田理安、喜入久正、平田久兵衛尉
後編5-No.549記事確認度 高

島津家久譜

寛永九年七月十八日、島津家久が五月十八日に没した喜入大炊久正入道紹嘉の生前の忠貞を偲び、その忌日に六字名号を冠した三十一文字の和歌を詠み、冥福を祈ったことを記す家久譜の記事。

登場人物
島津家久、喜入久正、喜入紹嘉
宛先
―
キーワード
島津家久、喜入久正、喜入紹嘉、忌日、五月十八日、忠貞、六字名号、三十一文字、和歌、追悼、冥福、家久譜
附録2-No.1420記事確認度 高

喜入氏系図抄(三)

喜入忠道の後嗣久正を祖とする支流系図。川上久光の長男久正が忠道家を継ぎ、島津義久隠居時に家老となり財部・国府地頭を務めたこと、久洪・久憲・久信以下の御使役・用人・地頭職と養子関係を記す。

登場人物
喜入忠道、喜入久正、島津義久、喜入久洪、喜入久憲、喜入久信
宛先
—
キーワード
喜入氏、喜入忠道、喜入久正、島津義久、川上久光、家老、財部、国府、地頭、喜入久洪、喜入久憲、養子、系図
後編3-No.700文書確認度 高

上井里兼外十三名連署起請文

幸侃成敗に関する諸相談の内容を一切漏らさず、伊集院源二郎をはじめ縁者・親類がいても庄内とは決して通用しないことを、上井里兼以下十四名が連署して誓う。違反すれば梵天・帝釈から霧島・新田八幡・鹿児島一宮・諏訪・愛宕など諸神の罰を受けるとする起請文。

登場人物
上井里兼、北郷三久、桂忠詮、町田存松、樺山久高、伊集院抱節、平田宗増、比志島国貞、相良長辰、新納為舟、山田利安、新納旅庵、鎌田政近、喜入久正、伊集院忠棟(幸侃)、伊集院忠真(源二郎)
宛先
—
キーワード
上井里兼外十三名連署起請文、幸侃成敗、秘密保持、伊集院忠真、源二郎、庄内、通用禁止、国衆、連署、神罰、霧島、新田八幡、鹿児島一宮、慶長四年閏三月三日
後編5-No.550文書確認度 中

島津家久詠草

島津家久が、忠勤と和歌を好んだ喜入大炊入道紹嘉の死を悼み、阿弥陀の六字名号を各歌の句頭に置いて六首を連ねた詠草。花・夕霞・子規・有明の月・忍草・白雪などを用い、紹嘉の面影と後世の冥福を詠む。

登場人物
島津家久、喜入久正、喜入紹嘉、阿弥陀如来
宛先
―
キーワード
島津家久、喜入紹嘉、追悼和歌、六首、六字名号、阿弥陀、花、夕霞、子規、有明の月、忍草、白雪、冥福
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w04:23書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津家久書状

島津家久が下野守久元へ、虎寿丸光久を国分の子として迎えることを持明様が喜んだと伝え、翌月の吉日に国分へ移して祝儀を行うと通知する。詳細は喜入摂津守と伊勢兵部少輔から伝えるとする元和八年七月十二日付書状。

登場人物
島津家久、島津光久(虎寿丸)、島津久元、喜入久正、伊勢貞昌
宛先
島津下野守久元
キーワード
島津家久、虎寿丸、光久、国分養子、持明様、喜入久正、伊勢貞昌
島津世禄記-A37記事関連史料(外伝)確認度 高

忠恒主手誅忠棟事付就其子久虎構城而相攻之事

忠恒が伏見の茶亭で伊集院忠棟を自ら討ち、その子久真(久詮)が都城を中心に反乱した庄内の乱を記す。忠棟は秀吉から薩隅日三州内八万石を与えられて権勢を誇り、主家を凌ぐ陰謀があると見なされた。忠恒は忠棟を斬るが、太閤朱印を受けた者への私刑であったため高雄山で罪を待ち、家康・五大老の裁定で許される。久真は財部・安永・山田・志和池・梅北など都城周辺の要害に籠り、忠恒軍は山田城を本陣として攻める。家康は早期成敗を促す一方、兵を損なわぬよう命じ、山田城攻略を賞した。慶長五年、山口直友の仲介によって忠恒・義久が起請文を出し、久真の奉公復帰と将来の公正な処置を誓う。三月に降伏して乱は終結し、家康もこれを認めたが、記事は久真を帖佐、母を阿多に置き、なお反逆の危険が残ると評する。主従内部の権力闘争が徳川家康の調停下で収束する過程を示す。

登場人物
島津忠恒(家久)、島津義弘、島津義久、伊集院忠棟、伊集院久真、徳川家康、井伊直政、伊奈昭綱、喜入久正、山口直友
宛先
—
キーワード
伊集院忠棟、庄内の乱、伊集院久真、起請文、徳川家康、和睦
後編5-No.554文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元と伊勢貞昌が、加藤忠広改易後の熊本城受渡しと上使到着、相良・加藤右馬頭・大口・山野・出水・綾・高岡等からの注進を確認し、早打への礼を命じた。また肥後へ向かう諸勢への兵糧米貸与、山川・頴娃方面に着岸した唐船への対応、喜入久正没後の国分地頭職と喜入久右衛門尉の鹿児島移転などを指示した連署書状。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、喜入忠続、川上久国、加藤忠広、相良清兵衛尉、細川忠利、中川内膳正、喜入久右衛門尉、唐船関係者
宛先
喜入摂津守殿・川上左近将監殿
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、加藤忠広、熊本城、上使、相良清兵衛尉、早打、兵糧米、出水、山川、頴娃、唐船、喜入久正、国分地頭職、鹿児島移転
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w04:20旧伝旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

旧伝集

旧伝集から、寛陽院光久と弟兵庫頭忠朗の誕生順と世継の公表時期、光久が国分の持明様を養母とした経緯を引く。季安は六歳まで世継が定まらなかったとの伝承と元和八年の養子・世継の二説を照合し、伊勢貞昌・喜入久正らの周旋を考える。

登場人物
寛陽院、忠朗、兵庫頭、中納言、伊勢貞昌、喜入摂津、直政
宛先
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キーワード
旧伝集、島津光久、兵庫頭忠朗、世継、国分、持明様、伊勢貞昌